翌朝、空腹で目が覚めた。電話の後にカーペットにだらりと寝転んでいたら、そのまま寝ていたらしい。
とりあえずシャワーを浴びてから、冷蔵庫にあったものを適当に食べる。
何気なく点けたテレビからは、『クリスマスにおすすめ! おでかけスポット特集』と銘打った番組が流れてきた。
ーー安村くん、あの子とこういうとこに行くのかな。
無意識にそんなことを思い浮かべたが、即座に俺には関係ないだろ、と自嘲気味に小さく呟く。
やたらとハイテンションなタレントの声が耳障りに感じて、点けたばかりなのにテレビを消した。
家にいても気が滅入るだけなので、いつもよりバイト先へ向かうことにした。
来週の土曜日はクリスマス後になってしまうからか、遅れるよりは早めの方がいいだろうと言わんばかりに街中は賑わっている。まるでクリスマス当日のようだ。
塾に到着し、ゆっくりと時間をかけて授業準備をしていると、塾長に「珍しく早いね」と声をかけられた。
子どもたちへあれこれ指導しているときでも、木曜日のことを思い出してしまってどんよりとした気分になってしまう。
ずっと頭にあるのは、口をぎゅっと結んで表情を硬くしている安村くんだった。
小学生向けの個別指導がメインなので、教える内容は正直言うとそこまで難しくない。
集中して頭を働かせなくてもいいからなんとかなったものの、塾長からは「体調悪いんじゃない?」と声をかけられてしまった。
塾長からの一言もあってなるべく子どもたちには普段通り接するよう気を付けていたが、甘かった。
今日の振り返りを連絡帳にまとめていたら、桃華ちゃんに指摘されてしまったのだ。
「須崎先生、なんか元気ないね?」
中学受験に向けて半年前に入塾した彼女は、最近心を開きつつあり雑談めいた話もするようになっていた。
「そ、そうかな」と、ぎくりとして自然と背筋が伸びる。
ちらりと時計を見ると、もうすぐ授業終わりの時間だった。急いで親御さんへのコメントを書き込む。
目線は連絡帳に向けたまま、平静を装って尋ねる。
「……なんでそう思ったの?」
「うーん、女のカン? 的な?」
「なにそれ」
どこでそんなボキャブラリーを獲得するのか謎でしかないが、子どもの目から見てもいつもとちがっていたのか。なんとも情けない。
自分でも思ったよりメンタルにダメージがきてるらしい。
「先生、もしかして」
「ん?」
無事コメントを書き終えて顔を桃華ちゃんに向けると、目を輝かせた桃華ちゃんがこちら見ていた。
まさに興味津々、といった様子だ。
「彼女とケンカ?」
ぶっ、と思わず吹き出してしまう。
今時はみんなこんな感じなのだろか。だとしたら、ませすぎじゃないか?
「その反応、当たり?」
小学五年生とは思えない物言いに、苦笑まじり返事する。
「彼女、いないし」
「あ、彼女じゃなくて、彼氏?」
けろりとした様子で発言した桃華ちゃんの顔を、まじまじと見る。
「かれ、し?」
「だって学校で習うでしょ? 男の人に彼氏がいることも、女の人に彼女がいることもあるって」
桃華ちゃんがそう言い終えて間もなく、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
ぽかんとしている俺をよそに、「あー疲れたぁ」とひと伸びしてから勉強道具を片付ける。
「じゃ、帰ります」
「あ、あぁ。さようなら」
立ち上がり、よいしょ、と大きな水色のリュックを背負う。
「ちょっと早いけど、メリークリスマス」
そう言い残し、桃華ちゃんは去っていった。
塾からの帰り道、歩きながら桃華ちゃんの言っていたことを反芻する。
ーー男の人に彼氏がいることも、女の人に彼女がいることもある、か。
最近はそういうことを学校で教えているのかと関心しつつ、安村くんのことを自然と思い浮かべていた。
立ち止まり、ぎゅっと目をつむって頭から彼を追い出す。
ーーいることもある、ってだけだろ。そもそも、安村くんは彼女がいるんだから。
どこからか流れているジングルベルのメロディが、やけにうるさく耳に届いた。
視界に入るなにもかもが浮ついていて、一人取り残されたような気持ちになる。
とりあえずシャワーを浴びてから、冷蔵庫にあったものを適当に食べる。
何気なく点けたテレビからは、『クリスマスにおすすめ! おでかけスポット特集』と銘打った番組が流れてきた。
ーー安村くん、あの子とこういうとこに行くのかな。
無意識にそんなことを思い浮かべたが、即座に俺には関係ないだろ、と自嘲気味に小さく呟く。
やたらとハイテンションなタレントの声が耳障りに感じて、点けたばかりなのにテレビを消した。
家にいても気が滅入るだけなので、いつもよりバイト先へ向かうことにした。
来週の土曜日はクリスマス後になってしまうからか、遅れるよりは早めの方がいいだろうと言わんばかりに街中は賑わっている。まるでクリスマス当日のようだ。
塾に到着し、ゆっくりと時間をかけて授業準備をしていると、塾長に「珍しく早いね」と声をかけられた。
子どもたちへあれこれ指導しているときでも、木曜日のことを思い出してしまってどんよりとした気分になってしまう。
ずっと頭にあるのは、口をぎゅっと結んで表情を硬くしている安村くんだった。
小学生向けの個別指導がメインなので、教える内容は正直言うとそこまで難しくない。
集中して頭を働かせなくてもいいからなんとかなったものの、塾長からは「体調悪いんじゃない?」と声をかけられてしまった。
塾長からの一言もあってなるべく子どもたちには普段通り接するよう気を付けていたが、甘かった。
今日の振り返りを連絡帳にまとめていたら、桃華ちゃんに指摘されてしまったのだ。
「須崎先生、なんか元気ないね?」
中学受験に向けて半年前に入塾した彼女は、最近心を開きつつあり雑談めいた話もするようになっていた。
「そ、そうかな」と、ぎくりとして自然と背筋が伸びる。
ちらりと時計を見ると、もうすぐ授業終わりの時間だった。急いで親御さんへのコメントを書き込む。
目線は連絡帳に向けたまま、平静を装って尋ねる。
「……なんでそう思ったの?」
「うーん、女のカン? 的な?」
「なにそれ」
どこでそんなボキャブラリーを獲得するのか謎でしかないが、子どもの目から見てもいつもとちがっていたのか。なんとも情けない。
自分でも思ったよりメンタルにダメージがきてるらしい。
「先生、もしかして」
「ん?」
無事コメントを書き終えて顔を桃華ちゃんに向けると、目を輝かせた桃華ちゃんがこちら見ていた。
まさに興味津々、といった様子だ。
「彼女とケンカ?」
ぶっ、と思わず吹き出してしまう。
今時はみんなこんな感じなのだろか。だとしたら、ませすぎじゃないか?
「その反応、当たり?」
小学五年生とは思えない物言いに、苦笑まじり返事する。
「彼女、いないし」
「あ、彼女じゃなくて、彼氏?」
けろりとした様子で発言した桃華ちゃんの顔を、まじまじと見る。
「かれ、し?」
「だって学校で習うでしょ? 男の人に彼氏がいることも、女の人に彼女がいることもあるって」
桃華ちゃんがそう言い終えて間もなく、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
ぽかんとしている俺をよそに、「あー疲れたぁ」とひと伸びしてから勉強道具を片付ける。
「じゃ、帰ります」
「あ、あぁ。さようなら」
立ち上がり、よいしょ、と大きな水色のリュックを背負う。
「ちょっと早いけど、メリークリスマス」
そう言い残し、桃華ちゃんは去っていった。
塾からの帰り道、歩きながら桃華ちゃんの言っていたことを反芻する。
ーー男の人に彼氏がいることも、女の人に彼女がいることもある、か。
最近はそういうことを学校で教えているのかと関心しつつ、安村くんのことを自然と思い浮かべていた。
立ち止まり、ぎゅっと目をつむって頭から彼を追い出す。
ーーいることもある、ってだけだろ。そもそも、安村くんは彼女がいるんだから。
どこからか流れているジングルベルのメロディが、やけにうるさく耳に届いた。
視界に入るなにもかもが浮ついていて、一人取り残されたような気持ちになる。

