翌日の木曜日。二十二時になる少し前、ヤマダ亭に電話をかける。

「はい、お電話ありがとうございます。ヤマダ亭です」
 受話器越しの安村くんの声を聞き、スマホを持つ手が少し強張る。
 何度も聞いているフレーズなのに、なに緊張してんだ。

「......須崎です」
「あ、アサさん。ども」

 がざがざと音がする。注文用紙を準備しているようだ。

「なににしますか?」

 いつもと変わらず注文をとろうとする安村くんに少し安堵するが、気持ちが変わらないうちに早口で告げる。

「今日は、注文すんのやめとくわ」

 これまであまり聞かなかった、気の抜けた「えっ」と言う声が耳に届く。

「急に予定が入って」
 取って付けたような言い方に疑問を抱いたのか、今から出掛ける感じっすか、と訊いてくる。

「そう、ちょっとね」
 そっすか、と小さくこぼす。

「......じゃあ、今日は一緒に食べれないってことですよね」
「うん。一人で食べるの大変かもだけど」
「それは、別になんとかなるんスけど......」

 落ち込んだ声音に、昨日の「楽しみにしてんの俺だけですもんね」という言葉が呼び起こされる。

 ちがうよ、俺だって。安村くんとの食事は、楽しみにしてる。
 けど、気持ちの整理がつかないままでいて、昨日みたいに安村くんを怒らせたくないだけなんだ。

 つい出そうになったそれらの言葉をぐっと飲み込み、努めて軽い調子で話す。

「じゃ、そういうことだから。バイト中にごめんね」
「......わかりました」

 スマホを耳から離して通話終了のボタンをタップしようとした寸前に、あの、と微かに安村くんの声が聞こえた。

 あ、と気づいたときには、画面には『通話終了』と表示されていた。

 ーーなにを言いたかったんだろう。

 気にはなるが、予定が入ったと伝えた手前もう一度電話するのは不自然極まりない。
 小さく聞こえた安村くんの呼び掛けに、後ろ髪を引かれる思いで暗転した液晶画面をしばらく見続けた。