一人になった部屋で、黙々と食べ進める。おいしいはずのお弁当やお惣菜は、いつになく味気ない。

 これまでは誰かと食べるより、一人で食べる方が好きだったのに……

 いつもならぺろりと平らげてしまうはずのお弁当やお惣菜を、俺にしては珍しく朝食にまわすことにした。ひとつずつにラップをかけて、冷蔵庫に収納する。のろのろとシャワーを浴び、布団に潜り込んだ。

 ーーあぁ、安村くんを怒らせてしまった。

 自分の言動が招いた結果ではあるものの、どうすればよかったのかわからない。
 あれこれ考えているうちにどんどん時間は過ぎていくが、いっこうに瞼が重くなる気配はなかった。


 眠気がくるまではとスマホを触ってしまったことも裏目に出て、翌日は寝坊してしまった。
 いつもなら余裕を持って到着しているはずの、二限目が始まる直前になってなんとか後方のドアから講義室に滑り込む。

 天井に設置された大きなエアコンがごうごうと音を立てながら暖気を排出しているし、履修生が多い授業なので広い講義室は程よい騒がしさだった。

 後方の端っこの席にさっと座り、程なくして始まった授業内容を聞くともなし聞きながら窓の外に視線を向ける。

 ーーそういえば、来週の金曜日はクリスマスだ。

 順当にいけば金曜日なので俺の家で食事する日だが、安村くんはなにか他の予定はないんだろうか。
 悲しいことにわ俺は予定が入りそうな気配が全くないけれど。

 改めて「来週はなんか予定あるの?」なんて尋ねたら、「クリスマスを一緒に過ごせるのか」の確認みたいになってしまうような気もするし……
 いや、そんなに深くは考えず、次に会ったときにさらっと聞いてしまおう。

 そこまで考えて、はっと意識が止まる。

 昨日はあんな感じで帰ってしまったのだ。明日、もしかしたら、安村くんは俺と一緒に食事したくないと思っているかもしれない。

 そうだ、変にこれ以上気まずくなるよりは、とりあえず明日は会わない方がいいかもしれない。予定ができたからと店に電話すればいいだけの話だ。


 気もそぞろに適当に授業をやり過ごし、出欠管理用の簡易レポートを提出して足早に食堂へ向かう。
 これまでの経験上、水曜日は混むのでなるべく早く行って席を確保しなければ。さすがに、この時期に外で食べるのはキツい。

 急いで購買でクリームパンとパック牛乳を買い、無事に座ることができてほっとする。

 手をさっと合わせて「いただきます」と呟き、封を開けてかじりつく。徐々に席が埋まって賑やかになっていく食堂内を、ぼんやりと眺めた。

 一年生や二年生のときは必修科目が多かったので、予定を合わさずとも講義室内で誰かと合流することが多くそのまま行動していた。だが、三年ともなると意識的に合わせないと履修講義はかぶりにくい。

 もともと一人で食べるのが好きなので、むしろ今のような状況の方が気楽でよかった。

 黙々と食べ進めていると、一つ席をとばした隣に四人の女子グループが座った。
 きゃいきゃいと楽しそうに話に花を咲かせている。女子の会話は往々にしてありがちだが、周りに丸聞こえだ。

「そういえば、安村くんにオッケーもらえたんだって?」

 飛び込んできた聞き馴染みのある名前に、思わず耳が反応する。

「そうなの!!」

 声の主は、心底嬉しそうに弾んだ声で続ける。

「最初は絶対無理って断られたんだけど、何回かお願いしたら『いっすよ』って言ってくれたの!!」
「ウケる、今の似てるんだけど」

 ーー確かに、今の『いっすよ』のとこ、安村くんの言い方にそっくりだ。

 パンの袋は空になっていたが、話の続きが気になって仕方がない。
 ほとんど残っていないパック牛乳のストローを咥えたまま、スマホを触るフリをして聞き耳を立てる。

「ずっと言ってたもんねぇ」
「そうなの。クリスマス、頑張ります」

 わざとらしく、周りの三人が「おぉ〜」と声を上げながら小さく拍手する。

「いいぞ〜」
「よかったねぇ」
「頑張れ!」

 口々に応援や祝福の言葉を発せられる。もう少し詳細を聞けるかと思ったが、あっという間に別の話題へスライドしていった。

 ーー今の会話からして、付き合った……みたいな感じか?

 オッケーもらえた。クリスマス。頑張る。よかったね。女子たちが口にした言葉が、頭の中をぐるぐると駆け回る。

 ぼけっとしているうちに、女子たちは食事を終えて席を立ったようだ。

 何回か一緒にご飯を食べるうちに感覚がマヒしていたが、安村くんならデートの予定ぐらい入ることなんて予想できるのに。
 あんなイケメンを女子がほっておくわけがないのに。

「そりゃそうだろ」と自分に言い聞かせるように、声にならない声で呟いた。

 思いがけず安村くんのプライベートな話を耳にしたことをきっかけに、俺は気づいてしまった。
 いつからか、安村くんに対して『よく行く店にいる、よく顔を合わせる店員』以上の感情を抱いてしまっていたようだ、と。

 午後の授業にはとりあえず出席したものの、集中しようとすればするほど何にも頭に入ってこなかった。