翌週の火曜日、二十二時過ぎに店へ向かうと、安村くんが店先に立っているのが遠くから見えた。

 スマホを見ながらビニール袋を提げて立っているだけなのに、遠目にもイケメンオーラが溢れ出ている。オーラに気後れしつつ近づいて行く。

 五メートルほどまで距離を詰めたところで、安村くんがぱっと顔を上げた。
 俺の姿を認めた安村くんはわずかに口角を上げ、こちらに向かってスマホを小さく振る。

 俺に向けるにしては、妙に色気のある笑顔。思わず周囲を見回した。

 知り合いらしき人は見当たらず、そのままその場に立ち尽くしていると「どうしたんスか」といつもの顔で安村くんが歩み寄ってきた。

「だ、誰か、知り合いいた?」
 しどろもどろに訊くと、安村くんは長い首を少しだけ傾げ「え、いないっすけど」と不思議そうに応える。
「なんでっすか?」

 ーーあの笑顔は、俺だけに向けられたのか……

 安村くんの顔はだんだん見慣れてきたと思っていたけれど、ふいに向けられた笑顔にこんなに動揺してしまうなんて。
 気恥ずかしさ、照れ、それに少しの優越感がごちゃごちゃになって胸に広がる。

「アサさん?」

 こちらを覗き込んでくる安村くんの顔を、直視できない。

「いや、なんでもない」

 消え入りそうな小さい声で言い、強引にビニール袋を安村くんの手から奪って足早に家の方向へ歩き出した。
 


 家に着くまでもなんとなく心が落ち着かず、家に入ってからはいつもの三倍速ぐらいで動き回った。
 安村くんがしてくれることの多いテーブル上の準備も忙しなく行い、いつもと違う動きをする俺を安村くんはきょとんとした顔で見ていた。

「じゃ、食べよっか」

 慌ただしく手を合わせ、安村くんが手を合わせるのを待つ。しかし、釈然としない様子の安村くんはなかなか手を合わせない。

「どしたの? 早く食べようよ」

 急かすように声をかけると、唇をむっと内側に巻き込んで、眉をぎゅっと寄せる。
 これまで見たことのない、見るからに不満そうな表情だ。

「なんスか」

 気持ちを抑えるように、安村くんがいつもよりさらにゆっくりと言葉を発する。
「なにが?」
「……なんか、今日やけに急かしますよね。早く食って、早く帰れって言われてる感じ」

 決して、そういう意図はない。ただ俺が勝手にぎくしゃくとしてしまって、そわそわする気持ちを落ち着けたいだけでーー

 でも、なんて説明したらいいのか。自分でも処理に困っているこの気持ちを、どう説明するんだ。

 何も言えずにいると、安村くんが口を開いた。

「今日は、帰ります」

 そう言って、静かに立ち上がる。

「アサさんと食べるの、楽しみにしてんの俺だけですもんね」と独り言のように言い、あっという間に帰り支度を済ませて出て行ってしまった。

 一人ぽつんと残された俺は、テーブルに置かれた二人分のお皿を眺める。

「俺だって、楽しみにしてるけどさ……」

 広げられたお弁当とお惣菜を、温めることもなく食べ始めた。