翌朝、伊織は言った通り、実咲が起きた時には既に出勤していた。
 テーブルには野菜と果物のスムージーとお弁当バッグが置かれている。
 実咲はさっとスムージーを腰に手を当て飲み干してから、お弁当バッグを持って家を出た。
 
 午前中の結果だけで言えば、昨日とさして変わらない。
 鳴りやまない電話。
 山ほどの問い合わせのメール。
 
 これがドラマならば、どこからともなく現れたスパダリが助けてくれるのに、と心の中で不満を吐きながら、ひたすら仕事だけに集中した。
 でも、昨晩のごはんと朝のスムージーのおかげか、エネルギーは満タンだ。心も満たされている。これならば、多少の辛いことくらいは乗り越えられそうだ。実咲は気合いを入れ直して、再びパソコンに向かい合う。
 
 気が付けば、あっという間に昼休みになった。
 昨日の今日のせいか、電話もメールも減る気配はない。いつもより体力も精神力も削られた気がする。同僚とのランチを断り、自社ビルから出て近くの公園でお弁当を広げることにした。
 お弁当箱を見るだけで何故かほっとする。きっと中は実咲の好き嫌い関係なく、栄養バランスが考えられている中身になっているはずだ。
 だが、蓋を開けると、想像していた中身と違っていた。
 唐揚げ、甘い卵焼き、わかめごはん、スライスチーズとトマトの串。
 どれも実咲の好物だった。昨日のあの荒れように、こっそりとした応援メッセージなのかもしれない。思わず口元が緩む。
 実咲が手を合わせてから食べ始めようとして、箸を取り出していないことに気がつき、箸を探す。バッグの底にいた箸を取り出した時に、メッセージカードも見つけた。あて先は、実咲宛。

「珍しい」

 メッセージを書くタイプではない。でも、わざわざカードを入れる必要があっただろうか。
 思い当たる節もなく、お弁当の蓋をそっと閉める。メッセージカードに書かれていた文章に、実咲は目を細めた。

『are you ready?』

 割と伊織は好戦的な人間かもしれない。
 そう分かったのは、ルームシェアを初めて四年目の夏のことだった。

「今日もお疲れさま」

 ふとやってきた伊織の優しさにこらえていた何かが、実咲の中からあふれ出した。

「聞いてよぉ」

 蓮華を置いてから、実咲は今日の出来事を話し始める。