ほんの少し前までひとりぼっちだったのに、高校で初めて友だちができた。しかも、相手はまさかの推し。毎朝起きる度に夢だったのかもしれないと考えて、毎日学校で声をかけられる度に、現実なことに心底驚いている。
「希色、おはよう」
「お、おはよう。桃真」
このクラスになって約一ヶ月。未だに桃真の名前を呼ぶのに緊張してしまう。それを知ってか知らずか、いつもほほ笑みが返ってくる。今日も推しの笑顔がまぶしい。
隣の席で過ごすうち、その人となりも少しずつ分かってきた。
桃真はたくさんの人に慕われている。それはクラスメイトにとどまらない。他クラスからも、桃真を訪ねて同級生たちがやってくる。ヒエラルキーが上位の陽キャたちにも愛されているから、桃真がトップに君臨しているようなものだ。それでいて、係などの用事があって話しかけてくる物静かな人たちにも、分け隔てなく接している。誰と話す時だって優しい。おまけに、先生たちからの人望も厚い。
そんな桃真を見ていて、オレはすぐに決意した。みんなに好かれる桃真の邪魔にならないようにする。オレみたいなヤツと友だちだと知られて、桃真まで変な目で見られたらオレが耐えられない。だからできるだけ、気配を消していよう。そう誓ったのに。当の桃真が、暇さえあればオレに構ってしまう。
「希色、昨日の新しいペンギンくんのイラスト見た? かわいかったな」
「なあ希色、さっきの授業ちゃんと分かった? ずっと首傾げてなかったか? 心配なんだけど」
と、こんな調子だ。周りの目を気にする素振りが全くない。こんなナリをしている自分と友だちだということを、恥ずかしいだとか隠したいだとか思わないようだ。
ちなみに、桃真の心配は当たっている。勉強はやっぱり苦手だ。そんなオレに、桃真はその都度丁寧に教えてくれる。先生より分かりやすい。スポーツもできるし頭もいいのだから、もはやパーフェクトだ。
「やーっと昼だー。土屋ー、望月ー、昼飯食お」
「あー、マジ腹減った」
「川合、お前は食いすぎ。マジやばいって」
「佐々木はもっと食え。でかくなれねぇぞ」
「いや成長期は終わってるからいいんだよ」
昼休みのチャイムが鳴ると、クラスメイトがふたりオレと桃真の元へやってくる。野球部でキャッチャーをしている川合くんと、ゆるく着こなしたブレザーがよく似合うおしゃれな佐々木くんだ。オレと桃真の前の席ふたつを拝借して、4つの机をくっつける。
「あ、そうだ聞いたか? 佐々木、まーた彼女にフラれてやんの」
「ちょっとその言い方ひどくない? 俺が女の子とっかえひっかえしてるみたいじゃん」
「みたいじゃなくて、してんだろうが」
「ちげーの、毎回ちゃーんと恋してんの。なあ土屋!」
「さあ。どうだかな」
「土屋、お前まで……」
「ははっ、佐々木の負けだな」
桃真曰く、ふたりとは小学校からの友だちで腐れ縁なのだそうだ。だからだろうか、桃真はふたりにだけはちょっといじわるなことを言ったりする。そんな桃真を見て、川合くんも佐々木くんも楽しそうに笑っている。
そこにオレなんかが入りこむわけにはいかないと、弁当を持って外に出ようとしたことがあったのだけれど。一緒に食べたい、と桃真が手を取ってくれてから、4人で過ごす昼休みが日常になった。
ほんの少し前のオレの高校生活には、あり得なかった光景だ。
「望月の弁当、今日もちっちゃ! そんなんで本当に足りんの?」
「足りるよ。川合くんのはいつもすごく大きいよね」
「まあな。なんなら朝練後に、こんなでっかいおにぎり二個食ってる」
「すごい……」
「ザ・野球部だよな。あれ、望月は部活入ってんだっけ? ちなみに俺はバスケ」
「部活はやってないよ。えっと、バイト、してるから」
モデルの仕事をアルバイトと呼ぶのは、ちょっと違うけれど。無難だろうと、そう答える。
桃真がいい人だから、類は友を呼ぶのだろうか。川合くんも佐々木くんも、最初からオレを邪険にすることはなかった。それどころかこうして、オレにも直接話しかけてくれる。
「そうなんだ。土屋と一緒だ」
「だな、俺もバイトしてるし。希色、口のこっち側、米粒ついてる」
「え。あ、ほんとだ。ありがとう桃真」
桃真のおかげで、学校が楽しくなってきた。ひとりでいいと思っていたのに。誰かと過ごすことを喜べる、そんな心がオレにもあったことを、桃真が教えてくれたということだ。
弁当を食べ終わり、本日二本目の水のペットボトルを開封する。美容のために水分はこまめに摂るといい、と翠くんに教わって以来、すっかり習慣になっている。
「希色、これ一緒に食わない?」
「なに?」
「チョコのお菓子。朝コンビニで買ってきた。これ好き?」
「う……好き」
「じゃあ半分こな」
いつだったか、お互いに甘いものが好きだと知って桃真と盛り上がった日があった。それ以来、こうして一緒にお菓子を食べる日が増えた。昼はいつもパンやおにぎりを食べている桃真が、ついでだからと買ってくることが多い。
「え、ちょっとでいいよ」
「希色と食べようと思って買ってきたからいいんだよ。はい」
「ええ……じゃ、じゃあいただきます」
オレのほうに椅子ごと寄って、桃真がお菓子を差し出してくる。プレッツェルにチョコレートがかかった定番のお菓子だ。半分ももらうなんて、と気後れするが、桃真はこうなったら譲らないことをオレはもう知っている。肌や体形維持のために食べすぎないように気をつけているけど、桃真が誘ってくれると断りたくなくて。オレの貴重なお菓子タイムは、今やすっかり桃真とのものだ。
「明日はオレが買ってくるよ。桃真、どんなのがいい?」
「甘いのはなんでも好き」
「特に食べたいのは?」
「んー……希色が選ぶヤツならマジでなんでも」
「そんなの困る」
「でもマジだしなあ。あ、希色、最後の一本だぞ。ほら、口開けろ」
「え、いやそれは桃真が……」
「いいから、ほら」
「ええ、じゃあ……あー……」
戸惑いつつも、言われるがままに口を開ける。桃真が買ってきたのだから、最後の一本は自分で食べればいいのに。それに、推しにあーんなんてされるこっちの身にもなってほしい。
ドギマギとしつつ咀嚼するごとに、細長いお菓子を桃真が口の中に押し進めてくる。するといつの間にか、川合くんと佐々木くんがこちらをじいっと見ていることに気がつく。
「ん? 川合、佐々木、希色のこと見すぎ。希色が困んだろ」
「マジ? ごめんな望月」
「へ……ううん、大丈夫だよ」
「なんつうか、珍しくてさ。土屋が自分から誰かとそうしてんの」
「誰に対しても受け身だもんな。ドライっつうか」
「それな。そんで、去る者追わずだし」
「え、そうなの?」
意外な話に、オレはつい目を見張った。だって桃真は色んな人と仲がいい。それに、オレが桃真とこうしていられるのは、他ならぬ桃真がきっかけをくれたからだ。
「まあ確かにな。友だちになろうとか自分で言ったの、希色が初めて」
「そうなんだ……」
「それにしたってほんと仲良しだよな」
「な。割と見慣れてきたけど」
「このクラスになって一ヶ月しか経ってないのにな」
「たった一ヶ月で見慣れるくらい、毎日こんなってことか」
ふたりの会話に、オレはまたしても目を丸くする。
「いや、そんな言うほどでは……」
オレにとっては間違いなく、いちばん仲がいいのは桃真だ。今まで誰とも友人関係を築いてこなかったのだから、必然的にそうなる。まさか推しとそうなるなんて思ってもみなかったけど、こればっかりは紛れもない事実。
ただ、桃真にとってもそうだとは限らないわけで。受け身なんだとしても、誰もに好かれていて色んな人と仲がいい桃真だ。そんなことを言われては、桃真がいよいよ困ってしまう。そう思ったのだけれど。
「え、希色は俺と仲良しじゃないの?」
桃真はそう言って、眉をしゅんと下げてしまった。寂しそうな色の瞳に、オレを映してくる。ああ、そんな顔をさせたいわけじゃなかった。オレは慌てて、顔の前で手をブンブンと振る。
「え……いや! そうだよ! オレにとってはそう! だけど……」
「マジ? よかった。俺も仲いいと思ってるから」
桃真の表情がすぐやわらかなものになって、安堵したのもつかの間。桃真の手がオレのほうに伸びてきたかと思うと、頭をぽんぽんと触られた。オレは思わずフリーズしてしまう。
もしかして今、オレは推しに撫でられたのだろうか。
「えっ……と、桃真?」
「んー?」
桃真はほほ笑んでいるけれど、オレはぽかんと口を開けることしかできない。それでも頭に手を置いて、撫でられたんだよな? と確かめてみる。
頭を撫でられたり、例えば抱きつかれたり。そういったことには正直、耐性がある。年の離れた兄がスキンシップ過多なタイプだからだ。とは言え、相手が桃真となったら話は別だ。推しで、初めての“仲良し”の友だちで。心臓の音が駆け足になるのは、仕方がないことだと思う。
「い、今なんで撫でたの」
「んー、ずっとこうしたいって思ってたんだよな。イヤだった?」
「ずっとってなに……イヤではないけど……」
「そう? よかった。じゃあまたしちゃうかも」
桃真はそんなことを言って、いたずらっ子のようにニッと笑う。
桃真にとってはこれくらいのこと、なんてことないのだろうか。それこそ、オレの兄のように。桃真にとっての“仲良しの友人との距離感”がこうなのなら、どうにか慣れるしかない。じゃないと、オレの心臓が持たない。
それから間もなく、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴った。あと5分で五限目のスタートだ。くっつけていた机を戻し、川合くんと佐々木くんは自分の席へと戻っていく。オレも弁当箱をリュックにしまっていると、ふと桃真と目が合った。するとまた、頭をぽんと撫でられてしまった。
「わっ。桃真? 今のはなんで……」
「今のは、希色と友だちになれてよかったなーって噛みしめてた」
「そ、そうなんだ?」
「うん」
推しの、桃真のスキンシップに慣れる。学校生活において、オレの重大な課題になりそうだ。達成できるかは正直、自信がない。
「希色、おはよう」
「お、おはよう。桃真」
このクラスになって約一ヶ月。未だに桃真の名前を呼ぶのに緊張してしまう。それを知ってか知らずか、いつもほほ笑みが返ってくる。今日も推しの笑顔がまぶしい。
隣の席で過ごすうち、その人となりも少しずつ分かってきた。
桃真はたくさんの人に慕われている。それはクラスメイトにとどまらない。他クラスからも、桃真を訪ねて同級生たちがやってくる。ヒエラルキーが上位の陽キャたちにも愛されているから、桃真がトップに君臨しているようなものだ。それでいて、係などの用事があって話しかけてくる物静かな人たちにも、分け隔てなく接している。誰と話す時だって優しい。おまけに、先生たちからの人望も厚い。
そんな桃真を見ていて、オレはすぐに決意した。みんなに好かれる桃真の邪魔にならないようにする。オレみたいなヤツと友だちだと知られて、桃真まで変な目で見られたらオレが耐えられない。だからできるだけ、気配を消していよう。そう誓ったのに。当の桃真が、暇さえあればオレに構ってしまう。
「希色、昨日の新しいペンギンくんのイラスト見た? かわいかったな」
「なあ希色、さっきの授業ちゃんと分かった? ずっと首傾げてなかったか? 心配なんだけど」
と、こんな調子だ。周りの目を気にする素振りが全くない。こんなナリをしている自分と友だちだということを、恥ずかしいだとか隠したいだとか思わないようだ。
ちなみに、桃真の心配は当たっている。勉強はやっぱり苦手だ。そんなオレに、桃真はその都度丁寧に教えてくれる。先生より分かりやすい。スポーツもできるし頭もいいのだから、もはやパーフェクトだ。
「やーっと昼だー。土屋ー、望月ー、昼飯食お」
「あー、マジ腹減った」
「川合、お前は食いすぎ。マジやばいって」
「佐々木はもっと食え。でかくなれねぇぞ」
「いや成長期は終わってるからいいんだよ」
昼休みのチャイムが鳴ると、クラスメイトがふたりオレと桃真の元へやってくる。野球部でキャッチャーをしている川合くんと、ゆるく着こなしたブレザーがよく似合うおしゃれな佐々木くんだ。オレと桃真の前の席ふたつを拝借して、4つの机をくっつける。
「あ、そうだ聞いたか? 佐々木、まーた彼女にフラれてやんの」
「ちょっとその言い方ひどくない? 俺が女の子とっかえひっかえしてるみたいじゃん」
「みたいじゃなくて、してんだろうが」
「ちげーの、毎回ちゃーんと恋してんの。なあ土屋!」
「さあ。どうだかな」
「土屋、お前まで……」
「ははっ、佐々木の負けだな」
桃真曰く、ふたりとは小学校からの友だちで腐れ縁なのだそうだ。だからだろうか、桃真はふたりにだけはちょっといじわるなことを言ったりする。そんな桃真を見て、川合くんも佐々木くんも楽しそうに笑っている。
そこにオレなんかが入りこむわけにはいかないと、弁当を持って外に出ようとしたことがあったのだけれど。一緒に食べたい、と桃真が手を取ってくれてから、4人で過ごす昼休みが日常になった。
ほんの少し前のオレの高校生活には、あり得なかった光景だ。
「望月の弁当、今日もちっちゃ! そんなんで本当に足りんの?」
「足りるよ。川合くんのはいつもすごく大きいよね」
「まあな。なんなら朝練後に、こんなでっかいおにぎり二個食ってる」
「すごい……」
「ザ・野球部だよな。あれ、望月は部活入ってんだっけ? ちなみに俺はバスケ」
「部活はやってないよ。えっと、バイト、してるから」
モデルの仕事をアルバイトと呼ぶのは、ちょっと違うけれど。無難だろうと、そう答える。
桃真がいい人だから、類は友を呼ぶのだろうか。川合くんも佐々木くんも、最初からオレを邪険にすることはなかった。それどころかこうして、オレにも直接話しかけてくれる。
「そうなんだ。土屋と一緒だ」
「だな、俺もバイトしてるし。希色、口のこっち側、米粒ついてる」
「え。あ、ほんとだ。ありがとう桃真」
桃真のおかげで、学校が楽しくなってきた。ひとりでいいと思っていたのに。誰かと過ごすことを喜べる、そんな心がオレにもあったことを、桃真が教えてくれたということだ。
弁当を食べ終わり、本日二本目の水のペットボトルを開封する。美容のために水分はこまめに摂るといい、と翠くんに教わって以来、すっかり習慣になっている。
「希色、これ一緒に食わない?」
「なに?」
「チョコのお菓子。朝コンビニで買ってきた。これ好き?」
「う……好き」
「じゃあ半分こな」
いつだったか、お互いに甘いものが好きだと知って桃真と盛り上がった日があった。それ以来、こうして一緒にお菓子を食べる日が増えた。昼はいつもパンやおにぎりを食べている桃真が、ついでだからと買ってくることが多い。
「え、ちょっとでいいよ」
「希色と食べようと思って買ってきたからいいんだよ。はい」
「ええ……じゃ、じゃあいただきます」
オレのほうに椅子ごと寄って、桃真がお菓子を差し出してくる。プレッツェルにチョコレートがかかった定番のお菓子だ。半分ももらうなんて、と気後れするが、桃真はこうなったら譲らないことをオレはもう知っている。肌や体形維持のために食べすぎないように気をつけているけど、桃真が誘ってくれると断りたくなくて。オレの貴重なお菓子タイムは、今やすっかり桃真とのものだ。
「明日はオレが買ってくるよ。桃真、どんなのがいい?」
「甘いのはなんでも好き」
「特に食べたいのは?」
「んー……希色が選ぶヤツならマジでなんでも」
「そんなの困る」
「でもマジだしなあ。あ、希色、最後の一本だぞ。ほら、口開けろ」
「え、いやそれは桃真が……」
「いいから、ほら」
「ええ、じゃあ……あー……」
戸惑いつつも、言われるがままに口を開ける。桃真が買ってきたのだから、最後の一本は自分で食べればいいのに。それに、推しにあーんなんてされるこっちの身にもなってほしい。
ドギマギとしつつ咀嚼するごとに、細長いお菓子を桃真が口の中に押し進めてくる。するといつの間にか、川合くんと佐々木くんがこちらをじいっと見ていることに気がつく。
「ん? 川合、佐々木、希色のこと見すぎ。希色が困んだろ」
「マジ? ごめんな望月」
「へ……ううん、大丈夫だよ」
「なんつうか、珍しくてさ。土屋が自分から誰かとそうしてんの」
「誰に対しても受け身だもんな。ドライっつうか」
「それな。そんで、去る者追わずだし」
「え、そうなの?」
意外な話に、オレはつい目を見張った。だって桃真は色んな人と仲がいい。それに、オレが桃真とこうしていられるのは、他ならぬ桃真がきっかけをくれたからだ。
「まあ確かにな。友だちになろうとか自分で言ったの、希色が初めて」
「そうなんだ……」
「それにしたってほんと仲良しだよな」
「な。割と見慣れてきたけど」
「このクラスになって一ヶ月しか経ってないのにな」
「たった一ヶ月で見慣れるくらい、毎日こんなってことか」
ふたりの会話に、オレはまたしても目を丸くする。
「いや、そんな言うほどでは……」
オレにとっては間違いなく、いちばん仲がいいのは桃真だ。今まで誰とも友人関係を築いてこなかったのだから、必然的にそうなる。まさか推しとそうなるなんて思ってもみなかったけど、こればっかりは紛れもない事実。
ただ、桃真にとってもそうだとは限らないわけで。受け身なんだとしても、誰もに好かれていて色んな人と仲がいい桃真だ。そんなことを言われては、桃真がいよいよ困ってしまう。そう思ったのだけれど。
「え、希色は俺と仲良しじゃないの?」
桃真はそう言って、眉をしゅんと下げてしまった。寂しそうな色の瞳に、オレを映してくる。ああ、そんな顔をさせたいわけじゃなかった。オレは慌てて、顔の前で手をブンブンと振る。
「え……いや! そうだよ! オレにとってはそう! だけど……」
「マジ? よかった。俺も仲いいと思ってるから」
桃真の表情がすぐやわらかなものになって、安堵したのもつかの間。桃真の手がオレのほうに伸びてきたかと思うと、頭をぽんぽんと触られた。オレは思わずフリーズしてしまう。
もしかして今、オレは推しに撫でられたのだろうか。
「えっ……と、桃真?」
「んー?」
桃真はほほ笑んでいるけれど、オレはぽかんと口を開けることしかできない。それでも頭に手を置いて、撫でられたんだよな? と確かめてみる。
頭を撫でられたり、例えば抱きつかれたり。そういったことには正直、耐性がある。年の離れた兄がスキンシップ過多なタイプだからだ。とは言え、相手が桃真となったら話は別だ。推しで、初めての“仲良し”の友だちで。心臓の音が駆け足になるのは、仕方がないことだと思う。
「い、今なんで撫でたの」
「んー、ずっとこうしたいって思ってたんだよな。イヤだった?」
「ずっとってなに……イヤではないけど……」
「そう? よかった。じゃあまたしちゃうかも」
桃真はそんなことを言って、いたずらっ子のようにニッと笑う。
桃真にとってはこれくらいのこと、なんてことないのだろうか。それこそ、オレの兄のように。桃真にとっての“仲良しの友人との距離感”がこうなのなら、どうにか慣れるしかない。じゃないと、オレの心臓が持たない。
それから間もなく、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴った。あと5分で五限目のスタートだ。くっつけていた机を戻し、川合くんと佐々木くんは自分の席へと戻っていく。オレも弁当箱をリュックにしまっていると、ふと桃真と目が合った。するとまた、頭をぽんと撫でられてしまった。
「わっ。桃真? 今のはなんで……」
「今のは、希色と友だちになれてよかったなーって噛みしめてた」
「そ、そうなんだ?」
「うん」
推しの、桃真のスキンシップに慣れる。学校生活において、オレの重大な課題になりそうだ。達成できるかは正直、自信がない。



