――木曜日は文化祭実行委員会の日。
 私は昨晩作ったクッキーを透明のラッピング袋に詰めて、小さなシールを下部に貼って、紫色のリボンで袋の口を閉じたものをみんなに配った。
 「ありがとう」の声に包まれながら、役員生徒たちはわいわいと盛り上がりを見せる。

「うわぁぁ~~。本当にクッキーを作ってきてくれたんだぁ!」
「プロが作ったみたい。ココアを混ぜたの?」
「はい! 二色にすると可愛く仕上がるし風味が上がるので」
「サクッとしていて香ばしい。何度も食べたくなる味だね」

 クッキーを口に入れている新汰先輩の声が届いた瞬間、頬がポッと熱くなった。
 お弁当もこうやって食べてもらうのが理想だったのになぁ〜。

「りぼんの色がかわいいね!」
「私、すみれという名前なので、紫色がお気に入りなんです」
「すみれの花の色ってことかぁ。いいなぁ〜、おしゃれな名前で」
「褒めてもクッキーのおかわりはありませんよ!」
「あははっ。花咲さんったら、相変わらずだね」

 笑顔に包まれながら配っていると、あることを思い出した。

「ごめんなさい。ちょっと抜けます」
「どうしたの?」
「クッキーを渡すことばかり考えてたから、教室からカバンを持ってくるのを忘れちゃいました!」
「花咲さんはおっちょこちょいなんだね。まぁ、そこもかわいいけど」
「そーゆーの言わないで下さいよ〜。じゃあ、行ってきますね」

 私は先ほどクッキーを食べていた先輩の顔を思い出しながら教室を出る。
 昨日は扉越しに先輩の笑顔を見ることができたけど、今日は堂々と見れた。それだけでも気持ちが浮ついてしまうなんて……。

 ところが、教室を出てから少し経ったところで、心無いひとことが教室外へこぼれてきた。

「太ってる人が作ったものってなんでもうまそうだよな」

 ”太ってる”というキーワードが付け加えられた瞬間、幸せ気分がどん底に叩き落とされた。
 痩せている人には偏見がないのに、太っている人はデメリットを付け加えられることが多い。
 それに、残酷なあの日のことを思い出してしまう。
 私は息が苦しくなるくらい落ち込んでいると、あるひとことが耳に届いた。

「食べ物に人の見た目なんて関係あるかな」

 声の主は新汰先輩。好きな人だからこそ間違いない。
 そして、そのひとことに反応するかのように場は静まり返る。

「レストランへ行ったときに料理人の体格なんてチェックしないでしょ。彼女は喜んでもらうために作ってきてくれたんだから、素直に感謝すればいいと思うよ」

 彼がそう言うと、「だよな〜」とか、「ごめん」とか言う声が教室内を飛び交った。

 嬉しくて涙が出そうになった。
 私の想いがちゃんと届いてくれたなんて。

 最初は小さな蕾だった恋の花は、少しずつ太陽の光を浴びながら開花の準備を始めている。