――3日後。
 告白した日は私を視界に入れたくなさそうな印象だったけど、勅使河原くんは最近少し慣れてきたのか、私と一緒に学校の中庭でランチをすることになった。
 ベンチに腰をかけてからお弁当箱のフタを開けると、彼はお弁当の中身をじっと見つめたあと、指先を向けて中の卵焼きをつまみ取る。

「も〜らいっ!」
「あぁっ!! 私の卵焼き〜〜!」
「うんまっ、なにこれ……。ほぼ店の味じゃん」
「えへへ。実は具材の中でも卵焼きが一番自信あるんだ」

 卵焼きは中学生の頃からほとんど毎日作ってる。だから、褒めてもらえたことがとても嬉しい。

「なに、この弁当お前が作ってんの?」
「そうだよ」
「すげぇ。じゃあ、そっちの唐揚げももらいっ!」
「えぇ〜〜っ! 唐揚げまで?」

 彼はからあげも口に放りこんでもぐもぐと咀嚼する。その姿はまるで本物の恋人のよう。彼を眺めてるだけで目からハートが飛び出ているかもしれない。

「そろそろ試練に参ったんじゃない?」

 毎日の自転車の登下校に加え、バリエーション豊かに意地悪を仕掛けてくる彼。まるで私の反応を楽しんでいるかのように。

「まだまだ! 勅使河原くんの気持ちを傾けるにはこれからだよ」
「残り3日しかないから諦めろよ」
「じゃあ、その3日間を死ぬ気で頑張る!!」
「ってか、そこまで熱くなれるなんてある意味羨ましいよ。でも、どうしてそこまでして俺と付き合いたいの?」
「よくぞ聞いてくれた! 実は週末の日曜日に昔からの親友とダブルデートを約束していて、私も彼氏を連れて行くと言ってしまって……」

 スタマで検索していた”好きな人に振り向いてもらう方法10選”には”協力者を見つける”と書いてあったので、その役割を先日真妃に託した。
 しかも、その10選には『裏技』が。”誘いを断れない状況に陥れる”という極めてブラックな方法も書いてあった。それを発揮するのは、まさしくいま。

「ちょっと待った! お前の妄想はどこまでメルヘンなんだよ」
「だって、フラれると思わなかったから……」
「だから付き合うフリをしてって頼み込んできたのか」
「えへへ。ごめん」

 実際は付き合うのフリを頼んだ後に計画したんだけどね。正直に言ったらよけい怒るかな。

「彼氏は出来なかったって素直に断れよ」
「それはできない」
「どうして」
「いまこの瞬間ですら恋人になることを諦めてないから」

 1週間の恋愛テスト期間が終わればこの関係も終わる。だから、その前に王手をかけたい。そこで考えたのが、勅使河原くんとより親密になれるダブルデートだ。

「おまえの諦めが悪くても、俺は関係ないね」

 彼はイスから立ち上がって購買のレジ袋をまとめ始める。これ以上話を受け入れたくないと言っているかのように。
 でもこれは想定内だから次の手を打った。

「じゃあ、言いふらす」
「なにを?」
「勅使河原くんは寡黙な仮面を被ってるけど、本当は人一倍ひねくれ者だってことを」
「そんなの誰が信じるの?」

 彼はフッと鼻であしらうが、余裕を見せるのもここまで。
 私は制服のジャケットからスマホを取り出して画面をタップした。

『……それがミス城之内?』
『えっ』
『フラれたら諦めるのが普通じゃないの? さっきから脈がないって言ってるのにさ』
『ね、ねぇ……。勅使河原くんって、そんな酷い言いかたをするような性格だったっけ。この瞬間にいままでのイメージがぶっ壊れたんだけど』
『じゃあ言わせてもらうけど、いままでのイメージとは?』
『そ、それは……』
『そもそも俺は人に興味がない。柴谷さんがどんなイメージを持ってるかわからないけど、本当の俺は中身がこんなにひねくれてるの。だから、さっさと諦めてくれる?』

 私が最も伝えたい会話が終了したので、再び画面をタップして録音を停止させる。

「そ、それは……」
「告白が成功すると思ってたから記念に録音してたの。昨日消そうと思ってなんとなく聞いてたら、こんな会話が録音されてたし」
「おまえ、最悪だな……」
「一生のお願い!! 日曜日だけは私と付き合うフリをしてください! じゃないと、私がカップルの後ろをポツンと歩く羽目になっちゃう」
「そんなの自業自得だろ」

 こんなにお願いしているのに、彼はまともに取り合おうとしない。だから、私はもう一度スマホ画面をタップした。

『そもそも俺は人に興味がない。柴谷さんがどんなイメージを持ってるかわからないけど、本当の俺は中身がこんなにひねくれてるの。だから、さっさと諦めてくれる?』
「……っっ!!」

 一度失恋したせいか、若干肝が座っている。本音を言うなら、あのときのようにもう一度ギャップ萌えしたい。
 すると、彼は力が抜けたように右手で頭を支えた。

「……わかった。その代わり、付き合うのフリをするのは1日だけだよ。テスト期間が終わったら別れるという条件でね」
「そんなぁ……」
「ただし、その日は全力で彼氏役を演じるよ。今日までのお礼として」
「なによ……。ズルいんだから」

 この時点で失恋確定。付き合うのフリをしてくれるのは嬉しいけど、今後二度と話せなくなるのはやっぱり悲しい。恋愛テスト期間がこのままずっと続いてくれればいいのにね……。

「で、どこに行く予定?」
「上原動物園だよ。友達とは現地で11時に約束してるから、私たちは15分前に駅のモニュメント前で待ち合わせしようか」
「駅のモニュメントってどんなやつ?」
「えっとねぇ、ハートが3つ連なってるモニュメントが駅前にあるの。あっ、いま画像を見せるね」

 私はスマホでモニュメントの画像を検索して彼に見せた。

「あ、これね。オッケー。日曜日は遅れないように行くよ」
「ちなみに当日来る友達カップルの画像あるけど見てみる?」
「別にいいよ。どうせ会うんだし」
「そんなこと言わないでよ。ほら! これが友達カップルだよ」

 と言いながらスマホ画面をタップして無理やり見せると、彼は一瞬固まったあとにスッと立ち上がった。

「やっぱ無理。行かない」
「どうして?」
「……そいつ、俺が一生会いたくない人だから」
「え、会いたくないのはどっち? 真妃? それとも真妃の彼氏?」
「女のわけないだろ……」

 彼は話を遮断するように校舎へ足を向かわせた。心の中に足を踏み入れるなと言わんばかりの背中が、少し寂しそうに見えてしまう。

「会いたくない理由があるなら、ちゃんと本人に会って解決しようよ。きっと仲直りできるから」
「は? いまの話を聞いてた? 俺が奴に怒ってる立場なのにどうして仲直りしなきゃいけないわけ?」
「怒るには理由があるでしょ。だったら、ちゃんと話し合って解決したほうが……」
「おまえはそれが正解だと思ってるかもしれないけど、それはあり得ない」

 その力強い口調が私の口を塞ぐ。

「勅使河原くん……」
「事情を知らないくせに勝手なこと言わないでくれる? 迷惑なんだけど」

 近づいたと思った心の距離は再び遠のく。
 仲直りしたくないなんてよほど辛いことがあったのかな。勅使河原くんがここまで怒るなんて少しびっくりした。
 それより、ダブルデートの件どうしよう。あとで真妃に勅使河原くんが行けなくなったことを連絡しないと……。