――翌朝。
 私は普段より1時間ほど早起きして、昨日約束した通り勅使河原くんの自宅へ向かった。

 ピンポーン……。
 肩が揺れるほどはぁはぁと息を切らしながらインターホンから指をはずす。なぜこんなことをしているかというと、今朝から1週間彼と登下校することになったから。
 インターホンを押してから1分も経たずに玄関ドアが開かれる。私は迎えられた立場なのに、第一声がなぜかコレ。

「3分遅刻」

 彼は不愛想な顔で私の横を通り抜けて建物の横にある車庫方面へ向かった。
 昨日は「俺の自宅まで自転車で迎えに来い」と一方的に言われたから朝早くに家を出て来たのに、労いの言葉すらないなんて。

「だって、うちからここまで50分くらいかかるし、最後の10分は坂道のオンパレードだったよ。しかも、昨晩は親友と夜中の3時まで電話しててねぶそ……」
「文句? お前が一緒に登下校したいって言ったくせに」
「いや、そーゆーわけじゃ……」
「急がないと遅刻するよ」
「ぶーーっ……」

 一緒に登下校する約束をこぎつけたけど、どうして私が自宅まで迎えに行く羽目に? まぁ、家がわかっただけでもよしとするかな。
 しかし、自転車を同じようなスピードで走らせていたつもりが、車輪のサイズと足の長さが距離を生み出した。
 振り返った彼は、必死に追いつこうとしている私に心無い言葉を届ける。

「もっと早く漕がないとこっちまで遅刻するだろ」
「タイヤの回転数が違うから少しは待ってくれてもいいのに」
「現時点で3分遅れてるのに?」

 なんだろ。
 返事にかわいげがないうえに偉そうにしてるのは。


 ――20分かけて学校内の駐輪場に到着。
 彼は自転車を停めると、「じゃあ、ここで」と自転車を停車中の私に言った。

「え、ここでお別れ? 同じクラスだから教室まで一緒に行こうよ」
「おまえと変な噂がたったら俺が困るだろ」
「……っっ!」

 なんだろ。
 酷い以外の言葉が出てこない。


 ――4時間目終了直後。
 突然スマホが鳴った。ブレザーから取り出して画面を見ると、通知欄には彼の名前が表示されている。浮ついた気持ちで本文を見た直後に幸せな気分が一気に叩き落された。なぜなら、そこには『ハムサンドを買ってきて』と書かれていたから。
 懐疑的な目で二つ斜め後ろの彼に振り返ると、カバンから本を取り出していた。どうやら私をパシらせるつもりらしい。机の上にはお弁当らしきものはないし、買いに行く素振りもない。
 購買……。そこは戦場。
 人混みでもみくちゃにされた上に、人気商品は勝者の手に渡るという弱肉強食の世界だ。
 髪が乱れるからあまり行きたくないが、念のために返事を送信する。

『それ、私が買いに行くの?』
『嫌なら別にいい』
『ううん! やりますっ。やらせてください!!』

 恋とは不便なものだ。いまは恋愛テスト中ということもあって、ノーという答えが封じ込められている。
 私はそれから購買へ行き、ラス1のハムサンドをゲットして彼の元へ向かった。

「はい。買ってきたよ。ハムサンド」
「ありがとう、柴谷さん」

 憎まれ口を叩いていた今朝とは別人のように、にこりと微笑む彼。珍しく愛想が良かったので癒やされたまま席に戻ると、再びスマホが鳴った。開いてみると、送信先はまた勅使河原くん。内容は『次はカレーパンね』と。
 私は再びフリック入力をした。

『他のパンが欲しいなら一緒に頼んでよ』
『試練を与えるって言っただろ。やらないなら結構』
『ぶーっ。行きますよーーだっ!!』

 なんだろ。
 都合のいいように使われてるような気がする。
 彼の方を見つめながらあっかんべーをしていると、なずなは私の異変に気付いた。

「ねぇ、耶枝は本当に勅使河原と付き合ってるの?」
「えっ!!」
「勅使河原は相変わらず平常運転だし、とても付き合ってるようには見えないけど」
「かっ、彼は照れ屋だからね」

 必死に言い訳していると、後ろから「プッ」と笑い声が届く。
 自業自得といえば、そうなんだけどね。


 ――それから約3時間後、下校時刻を迎えた。
 帰り支度をしていると、『学校の近所の公園で待ってる』と勅使河原くんからLINEメッセージが。2メートルほどしか席は離れていないのに、なぜか今日1日メッセージでやりとりしている。私はそんな間接的な関係性を求めていないのに。

 学校から一人で自転車に乗って約束の公園に向かうと、彼は広場にいてサッカーボールを片手に待機していた。私が視界に入ると、不機嫌な口調でこう言う。

「5分待った」

 今朝から思ってるんだけど、時間に厳しいのはなぜ。

「ごめんごめん。で、どうしてサッカーボールを持ってるの? サッカーをしてたの?」
「誰かさんのおかげでストレスが溜まったから俺のボールを受け止めてもらおうと思って」
「えっ……。私もサッカーをやるの?」
「お前以外に誰がいる。ほら、もたもたしてないであっちに行って。いまからボール蹴るから」
「……ぅっっ」

 相変わらず一方的だ。

 それから日が落ちる直前まで彼はボールを蹴り続けた。まっすぐ蹴らないボールに悪意を感じている。これをデートだと思えば少しは気が楽になると思い、文句を封じこめた。


 ――数時間後。
 くたくたの体でベンチに座ると、彼は近くの自販機で購入したペットボトルのお茶を私に向けた。

「はい、コレ俺のおごり」
「ありがとう。勅使河原くんって気が利くね。でも、どうして私とサッカーをやろうと思ったの?」
「サッカーは話をするついで。お前に聞きたいことがあったから」
「えっ、聞きたいことってなぁに?」

 きょとんとしながら見つめていると、彼は隣に腰を落としてボールを膝に置く。
 少しは私に興味が湧いてくれたのかなぁと胸をドキドキさせながら次の言葉を待っていると、予想外の質問が口から飛び出してきた。

「俺の好きなところを三つ挙げてくれる?」

 昨日今日と、散々意地悪してきたくせにこの質問をする意味がわからない。
 好きなところを三つ挙げたらご褒美でもくれるのかな。ま、まさか……。私の気持ちが伝わったら付き合ってくれるのかも。それならそうと期待しちゃうぞ!!!!

「好きなところを三つ? どうして?」
「そんなに俺のことが好きなんてよっぽどの理由があるのかなって。本当はこんなくだらない試練に付き合い続けるなんてバカバカしいって思ってるんじゃない?」
「ぜぜぜぜ……全然楽しいよ? ただ、急に好きなところを三つと言われても……」

 私は目を泳がせながら彼の好きなところを厳選する。それを見ていた彼はこう言った。

「あははっ。困るってことは言えな……」
「じゃなくて、たった三つでいいの?」

 平然とした顔で言いきると、彼は口を閉ざす。

「えっ」
「好きなところは三つどころじゃないよ。さりげなく優しくて、メガネの奥の瞳が輝いていて、人一倍正直で、前髪をかきあげる指先がキレイ。顔を基準に私に好意を寄せないところや、自分をしっかり持っているところや、人目を気にしないで我を通すところや……」

 指折り数えながら昨日今日の思い出に浸っていると、彼は「もういい! その話はおしまい!」と言ってベンチから立ち上がった。
 急に不機嫌な口調になったので隣から見上げると、その様子に衝撃を受けた。なぜなら、あれだけ生意気な口を叩いてたくせに耳の後ろまで真っ赤になっているから。しかも、それを聞く口実としてサッカーに誘っただなんて。
 勅使河原くんって、ホントに、ホントに……、か、か…………。

「かわいいっっ!!」

 我慢できずに心の声が口から飛び出してしまった。

「……っ!!」
「ねぇ、顔赤いけど平気?」
「あっ、赤くないし!! そそそ……空が暗くなってきたからもう帰るよ」
「ねねっ、それって照れ隠しでしょ!」
「うっせ。ばあぁあーかっっ!! 今日はここで解散するから!」

 彼は目線を合わすどころか逃げるように自転車に乗って行ってしまった。私は「待ってよぉ〜」とその背中に叫んで全力で自転車をこぐ。

 ――毎日新しい一面を見せてくる彼。
 それをひとつひとつ知っていくたびに恋の炎が燃えさかっていく。
 さっきは好きなところをいくつか挙げたけど、いまこの瞬間にもうひとつ増えたよ。
 ”意地っ張りで生意気だけど、反応が素直でかわいいところ”。