――俺が先ほど飲み物を買いに行った耶枝と裕喜が喋っている様子を眺めていると、右隣に座ってる真妃ちゃんは言った。

「ねぇ、二人がどんな話をしてるか気になる?」
「いや、別に」
「耶枝って外見も中身もかわいいでしょ。いまもそうかもしれないけど、中学の頃はすごいモテっぷりだったよ」
「……ふーん」

 鼻で返事をすると、彼女は少し前のめりになって小声に切り替える。

「瑠依くん、本当は耶枝の彼氏じゃないんでしょ?」
「どうして、それを……」
「実は事前に聞いてたんだ。どうしても彼氏にしたい人がいるからダブルデートに連れて行くってね」
「あいつ……。俺にウソをついたな……」

 俺には友達に「彼氏を連れて行く」と伝えたって言ってたくせに。

「話を聞いてる段階では正直無理かなぁって思ってたけど、まさか本当に連れて来るなんてね。耶枝は言霊のままで終わらせようとしないから」
「あのしつこさには負けたよ。『行かない』と言っても俺のことを待ってるし。普通フラれた相手に付き合ってるフリを頼むなんてありえないよな」
「諦めたくなかったみたいよ。瑠依くんは耶枝が初めての告白した人だから」
「えっ、あんなにモテるのに告白は初めて?」

 簡単に「好き」と言ってくるから、てっきり恋愛慣れしてるかと思ってた。

「恋愛に関しては慎重なところがあるみたい。中学生の頃から口癖のように好きになった人と結ばれたいって言ってたから。自分でハードルを上げるなんて辛いのにね」
「……」
「だから、今日1日だけは耶枝のことを考えてあげてくれないかな。瑠依くんの答えがノーだったとしてもね」

 答え……か。あいつが告白してきてからの6日間は、高校に入学してから一番の激動期だったけど、好きかどうかと聞かれるとわからないと言うか……。
 俺はぼーっとしながら耶枝のことを考えると、横から裕喜の声が降り注いだ。

「瑠依。あのさ……、大事な話があるんだけど聞いてくれるかな」

 ギロリとした目線を裕喜に向けると、心を決めたかのような表情をしている。
 だから、「無理」と言って力強く席を離れた。

「瑠依くんっ、瑠依くん!! ちょっと待って!」

 耶枝の叫び声は背中を突き刺してくる。
 裕喜は俺の知らない間にどんなことを吹き込んだか知らないけど、許すつもりはない。二度裏切ってきたときに簡単に許してしまった自分が憎くなるくらい心に傷を負っているから。

「待って!! 裕喜くんと話そう! 話せば絶対にわかりあえる。それに、こんなチャンスはもう二度とないよ!」

 耶枝は腕を掴んでくると、俺の前に周った。その途端、彼女が裕喜の味方についたような気がして、もやもやとした感情が腹の底から湧き出す。

「どうせ飲み物買いに行ってる間になんか吹き込まれたんだろ。なに、あいつは俺と仲直りしたいとでも言ってきたわけ?」
「吹き込まれてなんかない! ただ、裕喜くんはちゃんと話し合いたいみたいだから聞いてあげてほしい。二人は絶対に仲直りできるのに……」

 それを聞いた途端、俺は唇を強くかみしめた。
 最初から仕組まれたようなダブルデート。なんとなくこーゆー展開に持ち込まれるような気がしていたけど、まさかあいつが耶枝を駒にするなんて。

「……なに? それも、言霊?」
「えっ」
「言霊、言霊、言霊……。もう、おまえの言霊にはうんざりなんだよ!」
「瑠依、くん……」
「傷ついてるのはこっちなのにどうしてわからないの? 事情を知らないくせによけいな首突っ込みやがって」

 俺は強い口調でそう叩きつけた。すると、彼女は声を震わせながら言う。
 
「じゃあ……、傷ついてるのは瑠依くんだけなの?」
「は?」
「裕喜くんはどんなに弁解しようとしても話を聞いてもらえなかったって。何度も何度も伝えようとしてたのに、瑠依くんは一切耳を貸さなかったって。なのに、傷ついてないとでも思ってるの?」
「そんなの知るかよ。第一、お前はお節介なんだよ。俺らの過去には関係ないくせに首を突っ込みやがって」
「関係あるよ! だから言いに来たの」
「……は?」
「瑠依くんが苦しんでるところをこれ以上見たくない。私は二人が仲良かった頃に戻ってほしいだけ。辛そうにしているところなんて見たくないよ……」

 耶枝の瞳からポロポロと滴る雫。
 俺はそれを目に映しながらも、はちきれそうになるくらい拳を握りしめてその場を離れた。
 裕喜の裏切りは俺にとって心の傷。そんな簡単に許せる問題なら、こんなに何年も引きずるはずがない。