雅久から聞いた話とは、主に俺のコンプレックスに関することだった。
日本人離れした顔立ちを「変な顔」だと揶揄われ、おじいちゃんがロシアの人だからと何度説明しても納得してもらえなかった。それどころか、「じゃあロシア語喋ってみろよ」「ロシアに帰れ」などと言われ、誰とも関わりたくなくなってしまった。
もっと大きくなってからは、女子たちが俺が原因で喧嘩をすることが増えていった。
「私の方が悠羽くんに相応しい」だとか「私の方がお似合いだ」とか、俺の意思は関係なく言い争っていた。それを無関心に放っておいたところ、今度は男子からの反感を買った。
「モテるからって調子に乗ってる」「顔だけのクズ男」「男の敵」とも言われたっけ。
知るか、そんなの。
その全てが面倒で、見事な人間嫌いが完成したのだ。
雅久はそんな中で、唯一俺の味方になってくれた人だった。
馬鹿にしてくる奴らを一蹴し、「悠羽は俺が守る」と宣言した。
「俺はずっと悠羽の側にいる」と言われたのが小学生の頃だったか、今でもそれを貫いくれている。
律樹は雅久とサッカーで一緒になり、雅久を崇拝していたことから付き合いが始まった。
「雅久さんの言うことは絶対だから」だと言って、俺と友達になりたいと言うよりは、雅久から認められたいという意識を強く感じた。
俺にとってはその距離感が良かったように思う。
一歳年上の雅久は、「どうしても自分が先に学校を卒業してしまうから、俺が側にいてやれない時は律樹が悠羽を守れ」と託し、律樹も任せられた喜びで任務を全うしている。
ただ、守れとは言われても、代理おかんになれとは言われていないはずなのだが……。
「高坂はね、初めて“白瀬悠羽”を見た時、本物の天使かと思ったんだって」
そんなの初耳だ。城崎先輩の言葉に、思わず俯いていた顔を上げてしまった。
これまで、俺を世話し続けてきた雅久は、離婚して父のいない俺の友達であり兄であり、父のように頼れる存在だった。
頑張ったことは褒めても外見に触れることはなかった。気にしていると知っていたからだ。
でも天使だなんて、実は城崎先輩と雅久は感性まで似てるのかもしれない。
肌の色が白いのはどちらかと言うと母親譲りだ。
目と鼻はおじいちゃん。でも、父方のおじいちゃんだから両親が離婚してからは会っていない。
日本でしか住んだことがなくてロシア語なんて一ミリも喋れない。
「周りの子供が変な顔って言ったのは、彼らにまだ語彙力がなさすぎたからなんだって。悠羽からは特別なオーラが出ているように、高坂も周りの子供たちも感じていた。今になって思えば、それは悠羽が純日本人な顔立ちじゃないってだけだったんだけど、子供の狭い世界では受け入れるのには勇気のいることだった。色素の薄い髪や瞳を、どう表現していいのか分からない。それが自分たちと同じじゃないから“変な”って表現になってしまったって。本当はみんな悠羽みたいな綺麗な顔に憧れていたんだって」
別に今となってはどうでもいい話かもしれない。
この顔が災いして碌な幼少期を送っていないのは紛れのない事実だ。
でも、事実は知らなかった。
投げつけられた言葉をそのまま受け止めて、それがいつしかコンプレックスになっていた。
仲間外れにされたり、傷つくことを言われても、事なかれ主義の母親は何もしてくれなかった。
離婚して片親で育てている後ろめたさもあったのかもしれない。
「別にそのくらいの事、我慢しなさい」と言った母を怒ってくれたのも雅久だった。
本当に守ってくれてきたなと、しみじみ考え込んでしまう。
直ぐにトラウマを払拭するのは無理でも、少しずつ前を向きたいと思えた。
「愛されてるね、天使くんは」
「そう、みたいです」
「いつもみたいに『別に』とか言わないんだ。妬ける〜!! だからオレももっと早くに出会いたかったって言ったの!! 絶対に天使くんを抱きしめて離さないのにぃ!!」
「でも最近は一番長く一緒にいるじゃないですか」
「そうだけどさぁ〜、律樹は律樹で、お弁当を食べさせる役は譲れませんとか言って一緒に食べさせてくれないし」
「それは先輩が俺の嫌いな野菜を代わりに食べたから、律樹のおかんモードに火がついて『任せられない』って……」
「高坂は毎朝天使くんを起こして朝ごはん食べさせて学校まで一緒に来てぇ」
「それは俺が朝起きないから……」
「オレしかできない何かが欲しいの!! 天使くんの唯一無二であるオレになりたいの!!」
駄々を捏ねる城崎先輩は、やっぱり破天荒赤ちゃんと言う言葉がピッタリだと思った。
「ありますよ、先輩にしかできないこと」
「え、なに?」
「雅久から聞いてませんか?」
「他に特には……」
「俺、本当は一人じゃないと寝られないんです」
「嘘? だって天使くんがここに通い始めた頃から知ってるけど、なんならオレ、天使くんの寝顔に癒されてたくらいなんだけど」
「だから、俺自身もびっくりしちゃって」
「高坂や、律樹もダメなの?」
「人の目がダメなんです。幼少期に好奇な目で見られる怖さが染み付いて、寝る時に誰かが隣にいると見られてるって感覚が抜けなくて。なのに何故か先輩だけは大丈夫で。あと、こんなに喋ったのも初めてです」
ふぅ……っと大きく息を吐く。
心臓がバクバク鳴ってる。
言わなくても良かったのかもしれない。絶対先輩は調子に乗るだろうし、この後面倒くさいことになるのも想像できる。
ただ、なんか、ちゃんと伝えたかった。
雅久や律樹は喋らなくても感情を察してくれる。それを上手くコントロールして今は頑張りなさいと促したり、甘やかしたりしてくれる。
でも城崎先輩には自分の言葉で言いたくなってしまったのだ。拙い言葉になったとしても。
「天使くん……」
ポカンと口を開けてこっちを見詰めてくる城崎先輩は、沸々と湧き上がる歓喜にしばし身悶え、「天使くん!!」と勢いつけて抱きしめてきた。
「ちょっ、先輩!! くるし……」
「もう、絶対に離さないから! オレが天使くんの睡眠を守ってみせる。誰も近寄らせない。誰にも天使くんの寝顔を見せたりさせない。だから、だからオレだけの天使くんになってよ!!」
いきなり飛躍しすぎだ。
とりあえず一旦落ち着いてと言ったが「これが落ち着いていられますか!」と逆効果だった。
そんなタイミングで雅久が保健室に入ってきたから、更に大変な事態に発展する。
「悠羽〜? 午後からどうする……って!! 城崎、テメェ、悠羽から離れろ!!」
文化祭前日で準備に追われているため、午後から授業はなかった。生徒たちは学校に残るも帰るも自由な日だった。
それでまた保健室にいると律樹に聞いた雅久が、俺のカバンを持って来てしまったのだ。
「嫌だね。もう天使くんはオレだけのものになりました。お義父さん、悠羽はオレが幸せにして見せます」
「誰がお義父さんだよ。お前に悠羽を託すつもりはない。離れろ」
「もう離せない! 学校中の女子の人気なんて高坂にくれてやる。オレは悠羽さえいればそれでいい」
「それはこっちのセリフ。別にモテたくてモテてんじゃねぇよ。大体、悠羽は自分が原因で争いが勃発するのが嫌いなんだよ。振り回してんじゃねぇよ」
睨み合いは続く。
ほんっと、うるさい。
早く終わらないかと、窓の外に視線を移す。
青空は今日も平和だと言っているようだ。
「高坂、明日の女装コンテストで勝負だ!」
「臨むところだ。高校最後の決着をつけさせてもらう!」
そういえば二人から渡されていた投票券を、どうすればいいのかまだ解決していなかったと思い、項垂れた。
日本人離れした顔立ちを「変な顔」だと揶揄われ、おじいちゃんがロシアの人だからと何度説明しても納得してもらえなかった。それどころか、「じゃあロシア語喋ってみろよ」「ロシアに帰れ」などと言われ、誰とも関わりたくなくなってしまった。
もっと大きくなってからは、女子たちが俺が原因で喧嘩をすることが増えていった。
「私の方が悠羽くんに相応しい」だとか「私の方がお似合いだ」とか、俺の意思は関係なく言い争っていた。それを無関心に放っておいたところ、今度は男子からの反感を買った。
「モテるからって調子に乗ってる」「顔だけのクズ男」「男の敵」とも言われたっけ。
知るか、そんなの。
その全てが面倒で、見事な人間嫌いが完成したのだ。
雅久はそんな中で、唯一俺の味方になってくれた人だった。
馬鹿にしてくる奴らを一蹴し、「悠羽は俺が守る」と宣言した。
「俺はずっと悠羽の側にいる」と言われたのが小学生の頃だったか、今でもそれを貫いくれている。
律樹は雅久とサッカーで一緒になり、雅久を崇拝していたことから付き合いが始まった。
「雅久さんの言うことは絶対だから」だと言って、俺と友達になりたいと言うよりは、雅久から認められたいという意識を強く感じた。
俺にとってはその距離感が良かったように思う。
一歳年上の雅久は、「どうしても自分が先に学校を卒業してしまうから、俺が側にいてやれない時は律樹が悠羽を守れ」と託し、律樹も任せられた喜びで任務を全うしている。
ただ、守れとは言われても、代理おかんになれとは言われていないはずなのだが……。
「高坂はね、初めて“白瀬悠羽”を見た時、本物の天使かと思ったんだって」
そんなの初耳だ。城崎先輩の言葉に、思わず俯いていた顔を上げてしまった。
これまで、俺を世話し続けてきた雅久は、離婚して父のいない俺の友達であり兄であり、父のように頼れる存在だった。
頑張ったことは褒めても外見に触れることはなかった。気にしていると知っていたからだ。
でも天使だなんて、実は城崎先輩と雅久は感性まで似てるのかもしれない。
肌の色が白いのはどちらかと言うと母親譲りだ。
目と鼻はおじいちゃん。でも、父方のおじいちゃんだから両親が離婚してからは会っていない。
日本でしか住んだことがなくてロシア語なんて一ミリも喋れない。
「周りの子供が変な顔って言ったのは、彼らにまだ語彙力がなさすぎたからなんだって。悠羽からは特別なオーラが出ているように、高坂も周りの子供たちも感じていた。今になって思えば、それは悠羽が純日本人な顔立ちじゃないってだけだったんだけど、子供の狭い世界では受け入れるのには勇気のいることだった。色素の薄い髪や瞳を、どう表現していいのか分からない。それが自分たちと同じじゃないから“変な”って表現になってしまったって。本当はみんな悠羽みたいな綺麗な顔に憧れていたんだって」
別に今となってはどうでもいい話かもしれない。
この顔が災いして碌な幼少期を送っていないのは紛れのない事実だ。
でも、事実は知らなかった。
投げつけられた言葉をそのまま受け止めて、それがいつしかコンプレックスになっていた。
仲間外れにされたり、傷つくことを言われても、事なかれ主義の母親は何もしてくれなかった。
離婚して片親で育てている後ろめたさもあったのかもしれない。
「別にそのくらいの事、我慢しなさい」と言った母を怒ってくれたのも雅久だった。
本当に守ってくれてきたなと、しみじみ考え込んでしまう。
直ぐにトラウマを払拭するのは無理でも、少しずつ前を向きたいと思えた。
「愛されてるね、天使くんは」
「そう、みたいです」
「いつもみたいに『別に』とか言わないんだ。妬ける〜!! だからオレももっと早くに出会いたかったって言ったの!! 絶対に天使くんを抱きしめて離さないのにぃ!!」
「でも最近は一番長く一緒にいるじゃないですか」
「そうだけどさぁ〜、律樹は律樹で、お弁当を食べさせる役は譲れませんとか言って一緒に食べさせてくれないし」
「それは先輩が俺の嫌いな野菜を代わりに食べたから、律樹のおかんモードに火がついて『任せられない』って……」
「高坂は毎朝天使くんを起こして朝ごはん食べさせて学校まで一緒に来てぇ」
「それは俺が朝起きないから……」
「オレしかできない何かが欲しいの!! 天使くんの唯一無二であるオレになりたいの!!」
駄々を捏ねる城崎先輩は、やっぱり破天荒赤ちゃんと言う言葉がピッタリだと思った。
「ありますよ、先輩にしかできないこと」
「え、なに?」
「雅久から聞いてませんか?」
「他に特には……」
「俺、本当は一人じゃないと寝られないんです」
「嘘? だって天使くんがここに通い始めた頃から知ってるけど、なんならオレ、天使くんの寝顔に癒されてたくらいなんだけど」
「だから、俺自身もびっくりしちゃって」
「高坂や、律樹もダメなの?」
「人の目がダメなんです。幼少期に好奇な目で見られる怖さが染み付いて、寝る時に誰かが隣にいると見られてるって感覚が抜けなくて。なのに何故か先輩だけは大丈夫で。あと、こんなに喋ったのも初めてです」
ふぅ……っと大きく息を吐く。
心臓がバクバク鳴ってる。
言わなくても良かったのかもしれない。絶対先輩は調子に乗るだろうし、この後面倒くさいことになるのも想像できる。
ただ、なんか、ちゃんと伝えたかった。
雅久や律樹は喋らなくても感情を察してくれる。それを上手くコントロールして今は頑張りなさいと促したり、甘やかしたりしてくれる。
でも城崎先輩には自分の言葉で言いたくなってしまったのだ。拙い言葉になったとしても。
「天使くん……」
ポカンと口を開けてこっちを見詰めてくる城崎先輩は、沸々と湧き上がる歓喜にしばし身悶え、「天使くん!!」と勢いつけて抱きしめてきた。
「ちょっ、先輩!! くるし……」
「もう、絶対に離さないから! オレが天使くんの睡眠を守ってみせる。誰も近寄らせない。誰にも天使くんの寝顔を見せたりさせない。だから、だからオレだけの天使くんになってよ!!」
いきなり飛躍しすぎだ。
とりあえず一旦落ち着いてと言ったが「これが落ち着いていられますか!」と逆効果だった。
そんなタイミングで雅久が保健室に入ってきたから、更に大変な事態に発展する。
「悠羽〜? 午後からどうする……って!! 城崎、テメェ、悠羽から離れろ!!」
文化祭前日で準備に追われているため、午後から授業はなかった。生徒たちは学校に残るも帰るも自由な日だった。
それでまた保健室にいると律樹に聞いた雅久が、俺のカバンを持って来てしまったのだ。
「嫌だね。もう天使くんはオレだけのものになりました。お義父さん、悠羽はオレが幸せにして見せます」
「誰がお義父さんだよ。お前に悠羽を託すつもりはない。離れろ」
「もう離せない! 学校中の女子の人気なんて高坂にくれてやる。オレは悠羽さえいればそれでいい」
「それはこっちのセリフ。別にモテたくてモテてんじゃねぇよ。大体、悠羽は自分が原因で争いが勃発するのが嫌いなんだよ。振り回してんじゃねぇよ」
睨み合いは続く。
ほんっと、うるさい。
早く終わらないかと、窓の外に視線を移す。
青空は今日も平和だと言っているようだ。
「高坂、明日の女装コンテストで勝負だ!」
「臨むところだ。高校最後の決着をつけさせてもらう!」
そういえば二人から渡されていた投票券を、どうすればいいのかまだ解決していなかったと思い、項垂れた。



