「――っ」
「――っ」
二人の第一声は声にならない言葉だった。
マッチングアプリで会う約束をした人は、良く知っている苦手な同僚だった。
「教師がマッチングアプリってどうなんだよ」
「その言葉そっくり返しますけど」
その男は有名私立学校の理事長の息子で幼稚園から大学まである私立高校の教師だ。
見た目はホスト風で華奢な体つきに整った顔立ちに育ちのいいインテリ要素も含んでいた。
有名私立学校の御曹司であり、女性に不自由しそうもないこの男がなんでマッチングアプリに登録していたんだろうか。アプリ上で見た写真だと加工されており、メガネをかけていたのでまさか苦手な理事長の息子だとは思わなかった。
私はどちらかというとホスト風のイケメンよりは堅実な真面目な男性が好みだ。
だからこの人を避けていたのに。
身バレしないように私自身も加工した写真であえてメガネをかけた写真にした。
そのほうが堅実な男性が現れると思ったからだ。
教師という職業柄、身バレは困るというのはあった。
私の顔立ちは派手な方で、化粧を少ししただけでも水商売でもやっている人みたいに思われることもあり、正直職場では派手顔で通っている。一応弁解しておくが、水商売の経験はないし、派手に遊んでいるわけではない。
真面目に結婚を考えているし、真面目な恋愛をしたいのに、出会いがないだけだ。
目の前の同僚御曹司は見た目が華やかなので、きっと派手に遊んでいるのだろうと勝手に憶測していた。
どう見ても女に不自由はしなさそうだし、休日に鉢合わせすることはないと思っていた。
これは、お互いに弁解の余地はない。
「夜神先生はなんでマッチングアプリを?」
私は率直に質問してみた。
困った顔をしながら、夜神先生は一言言う。
丁寧に真面目に答える。
「愛がわからないから、知り合いに勧められてマッチングアプリをやってみた。まさか、同僚が来るとは予想外だったがな」
「夜神先生ならいくらでもお相手がいるでしょ? いつも女性に大人気じゃありませんか」
「生徒に手を出すわけにはいかないだろ。それに、同世代の仕事の関係者は、外見や地位目当てで来る。正直うれしいことではない」
言っていることは至極正論だと思った。
外見や地位で女性たちは惹かれているのははた目から見てもわかることだった。
それに、生徒に手を出すほどゲスではないのだろう。
見た目よりずっと堅実で誠実なのかもしれない。
「私は理事長の息子とかそういうことに興味はありませんし、黒いスーツを着たら夜の街に溶け込めそうな男性はタイプではありません」
「言っておくが、俺はホスト経験者じゃないからな。結構外見だけで勘違いする輩が多い。君も水商売をやっていたようなことはないんだろうな。一応聖職者としてあまり軽率な過去は芳しくないからな」
この人も私のことを水商売経験者と思っているのだろうか。
たしかに派手な格好は好きだし、派手顔だけど、水商売の類はやったことはない。
「私は水商売経験者じゃありませんから」
ここは強く否定しておく。
「一つ聞きたい。君は人を好きになったことはあるか?」
「そうですね。学生時代に少しばかり交際した相手はいますけど」
「それは愛だったのか?」
「愛じゃなかったのかもしれません。だから、すぐに別れてしまったんだと思います」
「俺は人を好きになったことがない。だから、愛を知りたいと思っている」
端正な顔立ちで何一つ苦労なさそうなのに、愛を知りたいなんてなんて。
普通以上の美形な容姿を持つくせに、普通の人が困らないことで困っているのかと呆れてしまう。
正直贅沢な悩みだ。ため息が思わず出る。
「私も愛はわかりませんが、今日のことはなかったことにして解散しましょうか」
これ以上変な同僚と休日を過ごすのは面倒になった。
どうせならば、全然知らない人とゼロからの関係を構築したい。
次回の出会いに賭けようと思う。
「これも何かの縁だ。映画でも見て愛について学んでみないか」
「はぁ?」
「ここに、教職員のための映画無料券がある。福利厚生の一環で全職員に配っているだろう。今流行りの病の恋人と過ごす最期の時間という映画がおすすめだと友達に聞いたんだよ」
「たしかに評判がいいとは聞きましたけど、私、今日は無料券持ってきてないんで」
「俺のを使おう。お得なのが一番だろ」
見た目に似合わず堅実なんだなと思う。
職員の福利厚生の特権を使うなんて、意外と節約家なのかもしれない。
少し茶色がかったサラサラな髪の毛と黒いコートが夜の街の男を彷彿させるけど、中身は案外素朴で不器用らしい。
「女友達に恋愛話聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「女友達はあいにくいないんでな」
これまた意外だ。結構遊んでるんだと思っていたけど、育ちが良く、勉強に明け暮れた学生生活だったのかもしれない。たしか、あの有名国立大学の大学院を優秀な成績で卒業したと聞いたことがある。大学院でいくら学んだとしても、愛については学べなかったのかもしれない。理系のようなので、女子率が低い学部だったのかもしれないと思う。
映画館で話題となっている純愛の映画を見たが、感想としては、無難だった。
病が発覚して初めてお互いに好きだという気持ちを伝えあう。
献身的に彼女を支えて結婚するが、すぐに妻は死んでしまう。
その日々を回想しながら映画はエンドロールを迎える。
「これが愛ってやつなのか」
映画を見た後に、近くのカフェに入って夜神先生が言ったことだ。
この人、完璧に見えるし仕事もできるんだけど、どこかが欠けている。
人の感情とか目に見えない情が理解できないタイプなのかもしれない。
「愛の形は人それぞれだと思います。この映画のように短い時間でも一緒にいられることが愛なのかもしれないし、ずっと高齢まで連れ添うことも愛なのかもしれません。形が無いものなので、人によって愛の形は違うんではないでしょうかね」
アイスティーを喉に入れると、なんだかつっかえた言葉がスラスラと出てきた。
「愛というのはどこで皆、学ぶんだろうな」
「無意識に育まれて、気づいたらそこにあるものなんじゃないですか。あくまで私の自論ですが」
「君は見た目よりもずっと色々考えているんだな」
夜神先生はアイスコーヒーを飲み、感心しながらこちらを見た。
「なんで愛について知りたいんですか?」
「結婚してほしいと親が望んでいるんだ。恋すらもわからない男が結婚など到底無理だと思ってな。愛について学ぼうと努力している」
思った以上に生真面目らしい。
「人に恋愛感情を持てない人もいるらしいですよ。中には依存症みたいに恋愛をする人もいる。どちらがいいわけでもないですし」
「実に深いな。来週の日曜は植物園に行かないか? ここに福利厚生の無料券がある」
全く、御曹司のくせにずいぶんとお金をかけずに休日を過ごすんだな。
「なぜ、植物園なのですか?」
「人は植物に対して愛情を注ぐことが多い。庭に花を植えて手間暇をかけて世話をする人もいる。花を愛する人に贈ることも多いし、花言葉というものもある。愛を知るきっかけになるかもしれないと思ってな」
「一人で行ってください」
「君も愛を探しているんだろ」
「私は出会いを探しているだけなんで」
きっと植物園の次は動物園とか天文台にでも行くのだろう。
動物に愛情を注ぐことから、愛を知ろうとするだろうし、星座の由来から愛を探そうとしそうだ。
いつになったらこの人は愛を知ることができるのだろうか。
実に面倒で愛にあふれた人だなと思う。
「どうせ暇なんで福利厚生の無料券でも使って愛を探しましょうか」
私の一言に、夜神先生の顔が一瞬ほころんだ。
ずっと表情のない鋭い目つきが和らいだ。
こんな何気ないことから愛は見つかるのかもしれないなんて思った日曜の昼下がりだった。
「――っ」
二人の第一声は声にならない言葉だった。
マッチングアプリで会う約束をした人は、良く知っている苦手な同僚だった。
「教師がマッチングアプリってどうなんだよ」
「その言葉そっくり返しますけど」
その男は有名私立学校の理事長の息子で幼稚園から大学まである私立高校の教師だ。
見た目はホスト風で華奢な体つきに整った顔立ちに育ちのいいインテリ要素も含んでいた。
有名私立学校の御曹司であり、女性に不自由しそうもないこの男がなんでマッチングアプリに登録していたんだろうか。アプリ上で見た写真だと加工されており、メガネをかけていたのでまさか苦手な理事長の息子だとは思わなかった。
私はどちらかというとホスト風のイケメンよりは堅実な真面目な男性が好みだ。
だからこの人を避けていたのに。
身バレしないように私自身も加工した写真であえてメガネをかけた写真にした。
そのほうが堅実な男性が現れると思ったからだ。
教師という職業柄、身バレは困るというのはあった。
私の顔立ちは派手な方で、化粧を少ししただけでも水商売でもやっている人みたいに思われることもあり、正直職場では派手顔で通っている。一応弁解しておくが、水商売の経験はないし、派手に遊んでいるわけではない。
真面目に結婚を考えているし、真面目な恋愛をしたいのに、出会いがないだけだ。
目の前の同僚御曹司は見た目が華やかなので、きっと派手に遊んでいるのだろうと勝手に憶測していた。
どう見ても女に不自由はしなさそうだし、休日に鉢合わせすることはないと思っていた。
これは、お互いに弁解の余地はない。
「夜神先生はなんでマッチングアプリを?」
私は率直に質問してみた。
困った顔をしながら、夜神先生は一言言う。
丁寧に真面目に答える。
「愛がわからないから、知り合いに勧められてマッチングアプリをやってみた。まさか、同僚が来るとは予想外だったがな」
「夜神先生ならいくらでもお相手がいるでしょ? いつも女性に大人気じゃありませんか」
「生徒に手を出すわけにはいかないだろ。それに、同世代の仕事の関係者は、外見や地位目当てで来る。正直うれしいことではない」
言っていることは至極正論だと思った。
外見や地位で女性たちは惹かれているのははた目から見てもわかることだった。
それに、生徒に手を出すほどゲスではないのだろう。
見た目よりずっと堅実で誠実なのかもしれない。
「私は理事長の息子とかそういうことに興味はありませんし、黒いスーツを着たら夜の街に溶け込めそうな男性はタイプではありません」
「言っておくが、俺はホスト経験者じゃないからな。結構外見だけで勘違いする輩が多い。君も水商売をやっていたようなことはないんだろうな。一応聖職者としてあまり軽率な過去は芳しくないからな」
この人も私のことを水商売経験者と思っているのだろうか。
たしかに派手な格好は好きだし、派手顔だけど、水商売の類はやったことはない。
「私は水商売経験者じゃありませんから」
ここは強く否定しておく。
「一つ聞きたい。君は人を好きになったことはあるか?」
「そうですね。学生時代に少しばかり交際した相手はいますけど」
「それは愛だったのか?」
「愛じゃなかったのかもしれません。だから、すぐに別れてしまったんだと思います」
「俺は人を好きになったことがない。だから、愛を知りたいと思っている」
端正な顔立ちで何一つ苦労なさそうなのに、愛を知りたいなんてなんて。
普通以上の美形な容姿を持つくせに、普通の人が困らないことで困っているのかと呆れてしまう。
正直贅沢な悩みだ。ため息が思わず出る。
「私も愛はわかりませんが、今日のことはなかったことにして解散しましょうか」
これ以上変な同僚と休日を過ごすのは面倒になった。
どうせならば、全然知らない人とゼロからの関係を構築したい。
次回の出会いに賭けようと思う。
「これも何かの縁だ。映画でも見て愛について学んでみないか」
「はぁ?」
「ここに、教職員のための映画無料券がある。福利厚生の一環で全職員に配っているだろう。今流行りの病の恋人と過ごす最期の時間という映画がおすすめだと友達に聞いたんだよ」
「たしかに評判がいいとは聞きましたけど、私、今日は無料券持ってきてないんで」
「俺のを使おう。お得なのが一番だろ」
見た目に似合わず堅実なんだなと思う。
職員の福利厚生の特権を使うなんて、意外と節約家なのかもしれない。
少し茶色がかったサラサラな髪の毛と黒いコートが夜の街の男を彷彿させるけど、中身は案外素朴で不器用らしい。
「女友達に恋愛話聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「女友達はあいにくいないんでな」
これまた意外だ。結構遊んでるんだと思っていたけど、育ちが良く、勉強に明け暮れた学生生活だったのかもしれない。たしか、あの有名国立大学の大学院を優秀な成績で卒業したと聞いたことがある。大学院でいくら学んだとしても、愛については学べなかったのかもしれない。理系のようなので、女子率が低い学部だったのかもしれないと思う。
映画館で話題となっている純愛の映画を見たが、感想としては、無難だった。
病が発覚して初めてお互いに好きだという気持ちを伝えあう。
献身的に彼女を支えて結婚するが、すぐに妻は死んでしまう。
その日々を回想しながら映画はエンドロールを迎える。
「これが愛ってやつなのか」
映画を見た後に、近くのカフェに入って夜神先生が言ったことだ。
この人、完璧に見えるし仕事もできるんだけど、どこかが欠けている。
人の感情とか目に見えない情が理解できないタイプなのかもしれない。
「愛の形は人それぞれだと思います。この映画のように短い時間でも一緒にいられることが愛なのかもしれないし、ずっと高齢まで連れ添うことも愛なのかもしれません。形が無いものなので、人によって愛の形は違うんではないでしょうかね」
アイスティーを喉に入れると、なんだかつっかえた言葉がスラスラと出てきた。
「愛というのはどこで皆、学ぶんだろうな」
「無意識に育まれて、気づいたらそこにあるものなんじゃないですか。あくまで私の自論ですが」
「君は見た目よりもずっと色々考えているんだな」
夜神先生はアイスコーヒーを飲み、感心しながらこちらを見た。
「なんで愛について知りたいんですか?」
「結婚してほしいと親が望んでいるんだ。恋すらもわからない男が結婚など到底無理だと思ってな。愛について学ぼうと努力している」
思った以上に生真面目らしい。
「人に恋愛感情を持てない人もいるらしいですよ。中には依存症みたいに恋愛をする人もいる。どちらがいいわけでもないですし」
「実に深いな。来週の日曜は植物園に行かないか? ここに福利厚生の無料券がある」
全く、御曹司のくせにずいぶんとお金をかけずに休日を過ごすんだな。
「なぜ、植物園なのですか?」
「人は植物に対して愛情を注ぐことが多い。庭に花を植えて手間暇をかけて世話をする人もいる。花を愛する人に贈ることも多いし、花言葉というものもある。愛を知るきっかけになるかもしれないと思ってな」
「一人で行ってください」
「君も愛を探しているんだろ」
「私は出会いを探しているだけなんで」
きっと植物園の次は動物園とか天文台にでも行くのだろう。
動物に愛情を注ぐことから、愛を知ろうとするだろうし、星座の由来から愛を探そうとしそうだ。
いつになったらこの人は愛を知ることができるのだろうか。
実に面倒で愛にあふれた人だなと思う。
「どうせ暇なんで福利厚生の無料券でも使って愛を探しましょうか」
私の一言に、夜神先生の顔が一瞬ほころんだ。
ずっと表情のない鋭い目つきが和らいだ。
こんな何気ないことから愛は見つかるのかもしれないなんて思った日曜の昼下がりだった。



