「ただいま」
「お邪魔します」
僕の家を通り過ぎ、颯太の家に来た。
「おかえりなさい。リツカ君もいらっしゃい」
玄関で靴を脱ぐと颯太のお母さんが玄関まで顔を出してくれた。
「そういえば、リツカ君。あなたが言ってたあの映画良かったわよ!」
「気に入っていただけて嬉しいです」
「英語だったから吹き替えで見たんだけどね、私好みの映画だったわ!あ、あとお父さんもリツカ君とこの前のサッカーの話がしたいって楽しみにしてたわよ」
「え、リカと母さんと父さんとそんな仲良かったっけ?」
颯太の頭上には『?』がいくつも浮かんでいた。
「そうよ。私とリツカ君の映画の好みが一緒でね!スーパーとかで会うとよく情報共有してるのよ。お父さんとも休日に散歩道でよく会うんだって」
「そうなの、リカ?」
「まぁね」
自分を置いて盛り上がられたのが不服だったのか、少し拗ねたようで階段を上がり始めた颯太の後ろをついていく。
「リカと遊んでるけど、母さんは来ないでね」
颯太のお母さんにぺこりとお辞儀して、僕は捨て台詞を吐いた颯太を急いで追いかけた。



「リカ、ゲーム上手くなったよね」
「そうかな?」
「……っ!負けた!」
「いい勝負だったね」
颯太は「負けた負けた〜!」と唸りながら、僕の後ろのベッドに飛び込んだ。
人前では固く動かないその表情が僕の前だとコロコロ変わる姿が、なんだか『特別』で心が暖まる。
颯太はきっと僕に「好きだ」と言ったことを多分もう忘れてしまっている。
というか、口から漏れ出てしまっただけで、自分ですら言ったことに気がついてない可能性がある。
僕だったら……というか普通の人だったらありえないけど、颯太だったらありえる。
口下手だから、たまに颯太は本心が漏れ出てしまうことがあった。
昔からそういう言葉はすぐに颯太の頭の中から消えるらしい。
ベッドに顔を埋める颯太の髪を撫でる。
そう。僕が一番、颯太のことを知ってるんだよ?
「颯太、貰った連絡先の紙どうするの?」
「どうするって、別にどうもしないよ。これって怪我してた時用の連絡先でしょ?俺、別にどこも怪我してないし」
「そっか……。話は変わるんだけどさ、颯太。これあげるよ」
コンビニ袋の中から、ベットボトルを取り出して颯太の頬に当てる。
「冷てっ!……ってこれ、俺が試してみたかった新しいやつ!」
「このジュース、颯太が好きそうだなって思って」
「ありがとう、リカ!リカって俺のことなんでも知ってるな」
キャップを捻り、一口飲んでみた颯太は「美味しい」と言って僕に微笑んで、またお礼を言った。
『ずっと頑張ってたんだよ?リカと絶対に一緒になりたいから、外堀を埋めたくて』
違うんだ。颯太。
ずっと好きだったのは僕の方なんだ。ずっと、裏で外堀を埋めてたのは、むしろ僕の方なんだよ。
颯太の両親の趣味を探って仲良くなって、颯太の好きなゲームもできるようになって、食べ物の好みだって知ってるし、颯太の一挙一動は見逃さないようにしてる。
外堀を埋めて、逃げられないようにしてるのは僕の方なんだ。
颯太は、純粋な性格だから、きっと気づいてないだろうけど。
『俺、ずっとリカのことが好きだったのに』
颯太が僕のことを好きって知れて嬉しかった。
でも、ごめんね。
僕は欲張りで、わがままだから、恋人としての颯太との時間より、今は、幼なじみで親友で、高校のクラスメイトの颯太との特別な時間を過ごしたい。
きっとこの先、高校を卒業したら『同じクラスの幼なじみ』なんて肩書きは永遠に味わえないだろうから、高校生のうちでしかなれないこの特別な関係を楽しみたいんだ。
だから、今は付き合えない。
けど、颯太を逃がす気はないから。
絶対に一緒になるって決めてるから。
「僕は、颯太の特別だよね?」
「うん。そうだよ」
「そっか」
今はこの関係がとても心地いい。
学校で毎日会って、同じ授業を受けて、お弁当を一緒に食べて、放課後は一緒にコンビニに行く。
「高校生って楽しいね」
「そうだね?」
だから颯太、高校を卒業したら、僕から告白しにいくよ。
だから、それまでは待ってて欲しい。
「颯太、ずっと一緒に居てね」