美咲美は、悠慎の作った親子丼を最後の一口まで楽しんだ。食後の温かいお茶を口に含みながら、ふと彼を見上げる。悠慎は相変わらず無口で、料理の準備をしながら時折ちらりとこちらを見ているような、いないような、微妙な距離感を保っていた。
「ねえ、悠慎。」
「…なんだ。」
「あなたは、どうしてこの店をやってるの?」
悠慎は少しだけ目を細めたが、すぐに目の前の食材に視線を戻した。そして、しばらく沈黙したあと、ぽつりと答えた。
「…作るのが、好きだからだ。」
それ以上のことは語らない。まるでそれが全てだと言わんばかりの態度だった。
「ふぅん。」
美咲美は、その答えをそのまま受け取ることにした。悠慎はきっと、自分の過去について語ることを好まないのだろう。それでも、彼がただ料理が好きなだけで店を続けているとは思えなかった。彼の作る料理には、何かを大切に思う気持ちが込められている。それは、どんなに寡黙で無愛想な彼でも、料理の味が証明していた。
「じゃあ、また来るわ。」
美咲美はそう言いながら、席を立った。
「…勝手にしろ。」
悠慎の言葉は相変わらずそっけなかったが、その声がどこか先ほどよりも柔らかい気がした。
――それから、美咲美は何度も「楓庵」に足を運ぶようになった。