翌日、美咲美は昼過ぎに再び「楓庵」を訪れた。前夜のことが、なぜか頭から離れなかった。無愛想な男、悠慎。その料理が持つ不思議な魅力に、彼女は引き寄せられていた。
引き戸を静かに開けると、昼の光が差し込む店内には、落ち着いた雰囲気が漂っていた。カウンターの奥では、悠慎が変わらず寡黙に包丁を握り、食材を丁寧に切り分けている。
「…また来たのか。」
彼が顔を上げずに言う。
「ええ、あなたの料理、もう一度食べたくなったの。」
美咲美は微笑みながらカウンターに腰を下ろす。悠慎は無言のまま、今日のおすすめを考えているようだった。そして、しばらくして口を開いた。
「親子丼はどうだ。」
「親子丼?」
「鶏肉は朝締めのものを使っている。柔らかくて旨味が強い。」
「ふふ、あなたって意外と説明が上手なのね。」
美咲美はくすりと笑いながら頷いた。
「じゃあ、それをお願いするわ。」
悠慎は黙って頷き、鍋に火をかけた。出汁の香りがふわりと広がり、卵をとくリズミカルな音が響く。その一連の動きは流れるように滑らかで、彼の料理に対する真摯な姿勢が伝わってくる。
やがて、艶やかに輝く親子丼が目の前に置かれた。美咲美はそっと箸を取り、一口食べる。
「…美味しい。」
甘辛い出汁が鶏肉の旨味を引き立て、ふわふわの卵が絶妙に絡んでいる。一口食べるたびに、心がほぐれていくような感覚があった。
「あなた、本当に料理が上手なのね。」
「…それしかできないからな。」
「ふぅん。でも、それを極めてるのが素敵よ。」
美咲美は目を細めながら、悠慎をじっと見つめた。彼は無表情のまま、次の仕込みに取り掛かっている。しかし、その背中にはどこか静かな熱があった。
彼は何かを背負い、何かを守るためにここで料理をしている。そういう気がした。
「ねえ、悠慎。あなたにとって、料理って何なの?」
唐突な問いに、悠慎はわずかに手を止めた。
「…生きるためのものだ。」
「ふふ、つまらない答え。でも、あなたらしいわね。」
美咲美はそう言って笑うと、再び親子丼を口に運んだ。悠慎は、それ以上何も言わなかった。
――だが、二人の間には確かに、何かが芽生え始めていた。
引き戸を静かに開けると、昼の光が差し込む店内には、落ち着いた雰囲気が漂っていた。カウンターの奥では、悠慎が変わらず寡黙に包丁を握り、食材を丁寧に切り分けている。
「…また来たのか。」
彼が顔を上げずに言う。
「ええ、あなたの料理、もう一度食べたくなったの。」
美咲美は微笑みながらカウンターに腰を下ろす。悠慎は無言のまま、今日のおすすめを考えているようだった。そして、しばらくして口を開いた。
「親子丼はどうだ。」
「親子丼?」
「鶏肉は朝締めのものを使っている。柔らかくて旨味が強い。」
「ふふ、あなたって意外と説明が上手なのね。」
美咲美はくすりと笑いながら頷いた。
「じゃあ、それをお願いするわ。」
悠慎は黙って頷き、鍋に火をかけた。出汁の香りがふわりと広がり、卵をとくリズミカルな音が響く。その一連の動きは流れるように滑らかで、彼の料理に対する真摯な姿勢が伝わってくる。
やがて、艶やかに輝く親子丼が目の前に置かれた。美咲美はそっと箸を取り、一口食べる。
「…美味しい。」
甘辛い出汁が鶏肉の旨味を引き立て、ふわふわの卵が絶妙に絡んでいる。一口食べるたびに、心がほぐれていくような感覚があった。
「あなた、本当に料理が上手なのね。」
「…それしかできないからな。」
「ふぅん。でも、それを極めてるのが素敵よ。」
美咲美は目を細めながら、悠慎をじっと見つめた。彼は無表情のまま、次の仕込みに取り掛かっている。しかし、その背中にはどこか静かな熱があった。
彼は何かを背負い、何かを守るためにここで料理をしている。そういう気がした。
「ねえ、悠慎。あなたにとって、料理って何なの?」
唐突な問いに、悠慎はわずかに手を止めた。
「…生きるためのものだ。」
「ふふ、つまらない答え。でも、あなたらしいわね。」
美咲美はそう言って笑うと、再び親子丼を口に運んだ。悠慎は、それ以上何も言わなかった。
――だが、二人の間には確かに、何かが芽生え始めていた。



