美咲美が三日ぶりに「楓庵」の扉を開いた夜、悠慎は何も言わなかった。
ただ黙って、いつものように料理を作る。
だが、美咲美にはわかっていた。彼の包丁の動き、火加減の調整、出汁の味――いつもと何かが違う。
「ねえ、悠慎。」
「…なんだ。」
「寂しかった?」
美咲美は、盃を回しながら彼を見つめる。
悠慎はしばらく沈黙した。そして、ゆっくりと肉じゃがを皿に盛りつける。
「…くだらん。」
「ふふ、じゃあ正直に答えて?」
「答える必要はない。」
美咲美はくすっと笑った。
「でもね、あなたの料理は正直よ。」
悠慎は、無言のまま美咲美の前に料理を置く。
肉じゃが。いつもより味が染み込んでいる気がした。
「いただきます。」
美咲美は箸を取り、一口食べる。
口の中に広がる優しい甘さと、しっかりと煮込まれたじゃがいもの柔らかさ。
「…やっぱり、あなたの料理が一番好き。」
美咲美は、心からそう呟いた。
悠慎はそれを聞きながら、静かに盃を傾ける。
彼はもう、何も言わない。
だが、美咲美は知っている。
彼が答えを出していることを。