その夜、美咲美はいつもより少し遅い時間に店を訪れた。
「…遅かったな。」
悠慎が、珍しく先に声をかける。
「ふふ、待っててくれたの？」
「…ただ、片付ける前だっただけだ。」
「そう。」
美咲美は微笑みながらカウンターに座る。
店内には、他に誰もいない。
悠慎は無言で湯飲みを用意し、美咲美の前に置いた。
「…温かいの、ありがとう。」
美咲美は湯気を眺めながら、小さく微笑んだ。
「今日はね、少し考え事をしてたの。」
「…何を。」
「あなたのこと。」
悠慎の手が、一瞬だけ止まる。
「…なんで俺だ。」
「さあ、なんでかしら。」
美咲美は盃を回しながら、悠慎をじっと見つめる。
「ねえ、悠慎。あなたって、本当に私がいなくなっても平気？」
悠慎は視線を逸らし、静かに鍋の火を調整した。
「…何が言いたい。」
「別に。ただ、もし私が急に来なくなったら、あなたはどう思うのかなって。」
悠慎は答えなかった。
だが、沈黙は何よりも雄弁だった。
美咲美はそれを理解し、そっと盃を傾けた。