「楓庵」の引き戸が閉まり、店内には静寂が戻った。
悠慎はカウンターに肘をつき、ゆっくりと息を吐く。
(…あいつ、いなくなったらどう思うか、だと?)
今まで、そんなことを考えたことすらなかった。
客は来て、食事をして、帰る。
それが当たり前だったのに、美咲美がこの店に通うようになってから、その「当たり前」が少しずつ崩れている。
彼女がいない夜は、妙に静かに感じる。
彼女が「また来るわ」と言った夜は、なぜか料理の準備に少しだけ気合が入る。
…くだらない。
そう思おうとしたが、考えてしまっている時点で、もう手遅れなのかもしれなかった。
悠慎は湯飲みの中の冷めたお茶を見つめながら、ゆっくりと盃を取る。
今夜は、少しだけ飲もう。
考えることが増えすぎた。