それからも、美咲美は変わらず「楓庵」に通った。
毎晩、決まった時間に現れ、当たり前のようにカウンターに座る。
悠慎は何も言わずに料理を作り、美咲美はそれを楽しむ。ただそれだけのやり取りなのに、その中には確かな変化が生まれていた。
「今日はね、ちょっと疲れたの。」
「なら、湯豆腐にするか。」
「いいわね。あなた、優しいじゃない。」
「…勘違いするな。」
悠慎は相変わらず無愛想だったが、それでも、美咲美のために料理を選んでいるのは明らかだった。
「あなたって、本当に不器用ね。」
美咲美は箸を進めながら、小さく笑う。
「…そうかもしれん。」
悠慎が、珍しく否定しなかった。
その夜、美咲美は店を出る時、ふと振り返った。
「ねえ、悠慎。」
「…なんだ。」
「あなた、私がいなくなったら、寂しくなる?」
悠慎は少しだけ目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「くだらんことを聞くな。」
「ふふ、そうね。」
美咲美は微笑み、店を後にした。
――彼らの関係は、ゆっくりと、しかし確実に深まっていた。