悠慎は、自分の変化に気づいていた。
料理を作ることに集中するはずだったのに、美咲美が店にいると、意識がそちらへ向かってしまう。彼女がどんな表情で食べるのか、何を思っているのか――そんなことを気にしている自分がいた。
（くだらん。）
そう思いながらも、気づけば美咲美のために料理を作る手が、どこか丁寧になっている。
彼は、長い間誰かと深く関わることを避けてきた。料理を作るのは好きだ。しかし、それは誰かと関わるためではなく、自分の中にある「何か」を満たすためだった。
それなのに、美咲美は何の遠慮もなく彼の距離に入り込んでくる。
「悠慎。」
名前を呼ばれるたび、彼の心に小さな波紋が広がる。
「…なんだ。」
「今日は、あなたとお酒を飲みたい気分なの。」
突然の申し出に、悠慎は少しだけ眉をひそめた。
「飲みたいなら、勝手に飲め。」
「ふふ、一緒に飲みましょうよ。」
美咲美は軽く笑いながら、小さな徳利を手に取った。
「一人で飲むのもいいけど、あなたと飲んだら、もっと楽しい気がするわ。」
悠慎は一瞬だけ迷ったが、結局無言のまま盃を手に取った。それを見て、美咲美は嬉しそうに微笑む。