美咲美は、ゆっくりと出汁巻き卵を口に運んだ。その滑らかな舌触りと、じんわりと広がる出汁の優しい風味に、彼女は思わず目を細めた。
「…これは、いいわね。」
一口、また一口と箸を進めるうちに、美咲美の表情はどこか和らいでいった。いつもは冷静な計算を巡らせている彼女も、この味には思考を巡らせる必要がない。ただ、美味しいと感じるだけでいい。
「ずっと、この店をやっているの?」
美咲美がそう問いかけると、悠慎は少し間を置きながら、低い声で答えた。
「…三年前からな。」
「三年前?それまでは?」
「関係ない。」
悠慎はぶっきらぼうに言い放ち、料理の道具を片付け始める。美咲美は、それ以上は深追いせず、肩をすくめた。
「無愛想ね。でも、嫌いじゃないわ。」
彼女はくすりと笑いながら、小さな溜息をついた。悠慎の態度は、決して彼女を拒絶しているわけではない。むしろ、ただ単に他人に踏み込まれることを好まないだけなのだろう。
「この店、意外と落ち着くわね。普段はどんなお客さんが来るの?」
「…常連が数人。あとはたまに通りすがりの客が来るだけだ。」
「ふぅん。こんなに美味しいのに、もったいないわね。」
美咲美はカウンターに肘をつきながら、店内を見渡した。どこか懐かしい雰囲気の漂うこの場所は、都会の喧騒とは無縁の空間だった。静かに料理を楽しみ、ゆっくりと時間を過ごすには最適な場所。しかし、だからこそ目立たず、知る人ぞ知る存在になっているのだろう。
「宣伝とか、しないの?」
「そんなもの、いらない。」
「強気ね。でも、いいお店はちゃんと広まるものよ。」
美咲美は意味ありげに微笑みながら、グラスの水を口に含んだ。そして、悠慎の表情をじっと観察する。彼の鋭い目つきは、何かを考えているようでいて、結局何も語ろうとはしない。ただ、黙々と料理を作り、客の食べる姿を静かに見守るだけ。
そんな彼の姿に、美咲美はどこか惹かれるものを感じた。
「ねえ、悠慎。あなた、料理が好きなの?」
「…嫌いなら、やらない。」
「ふふ、そうね。でも、あなたの料理には、ただ作るだけじゃない何かがあるわ。まるで、大切な人のために作っているみたい。」
その言葉に、悠慎は一瞬だけ動きを止めた。しかし、すぐに何事もなかったかのように鍋の火を調整し、淡々と次の料理を作り始める。
「…そうかもしれないな。」
短く返された言葉の中には、確かに何かが滲んでいた。
美咲美は、それ以上は踏み込まなかった。彼の過去や、料理に込められた想いを探るのは、今はまだ早い。
「じゃあ、また来るわ。」
美咲美はそう言い残し、静かに席を立った。
「…勝手にしろ。」
悠慎は顔を上げずに答えたが、美咲美が店を出た後も、彼はしばらくの間、開いたままの引き戸を見つめていた。
――この出会いが、二人の間にどんな変化をもたらすのかは、まだ誰も知らない。
「…これは、いいわね。」
一口、また一口と箸を進めるうちに、美咲美の表情はどこか和らいでいった。いつもは冷静な計算を巡らせている彼女も、この味には思考を巡らせる必要がない。ただ、美味しいと感じるだけでいい。
「ずっと、この店をやっているの?」
美咲美がそう問いかけると、悠慎は少し間を置きながら、低い声で答えた。
「…三年前からな。」
「三年前?それまでは?」
「関係ない。」
悠慎はぶっきらぼうに言い放ち、料理の道具を片付け始める。美咲美は、それ以上は深追いせず、肩をすくめた。
「無愛想ね。でも、嫌いじゃないわ。」
彼女はくすりと笑いながら、小さな溜息をついた。悠慎の態度は、決して彼女を拒絶しているわけではない。むしろ、ただ単に他人に踏み込まれることを好まないだけなのだろう。
「この店、意外と落ち着くわね。普段はどんなお客さんが来るの?」
「…常連が数人。あとはたまに通りすがりの客が来るだけだ。」
「ふぅん。こんなに美味しいのに、もったいないわね。」
美咲美はカウンターに肘をつきながら、店内を見渡した。どこか懐かしい雰囲気の漂うこの場所は、都会の喧騒とは無縁の空間だった。静かに料理を楽しみ、ゆっくりと時間を過ごすには最適な場所。しかし、だからこそ目立たず、知る人ぞ知る存在になっているのだろう。
「宣伝とか、しないの?」
「そんなもの、いらない。」
「強気ね。でも、いいお店はちゃんと広まるものよ。」
美咲美は意味ありげに微笑みながら、グラスの水を口に含んだ。そして、悠慎の表情をじっと観察する。彼の鋭い目つきは、何かを考えているようでいて、結局何も語ろうとはしない。ただ、黙々と料理を作り、客の食べる姿を静かに見守るだけ。
そんな彼の姿に、美咲美はどこか惹かれるものを感じた。
「ねえ、悠慎。あなた、料理が好きなの?」
「…嫌いなら、やらない。」
「ふふ、そうね。でも、あなたの料理には、ただ作るだけじゃない何かがあるわ。まるで、大切な人のために作っているみたい。」
その言葉に、悠慎は一瞬だけ動きを止めた。しかし、すぐに何事もなかったかのように鍋の火を調整し、淡々と次の料理を作り始める。
「…そうかもしれないな。」
短く返された言葉の中には、確かに何かが滲んでいた。
美咲美は、それ以上は踏み込まなかった。彼の過去や、料理に込められた想いを探るのは、今はまだ早い。
「じゃあ、また来るわ。」
美咲美はそう言い残し、静かに席を立った。
「…勝手にしろ。」
悠慎は顔を上げずに答えたが、美咲美が店を出た後も、彼はしばらくの間、開いたままの引き戸を見つめていた。
――この出会いが、二人の間にどんな変化をもたらすのかは、まだ誰も知らない。



