翌日、美咲美はまた「楓庵」を訪れた。
「いらっしゃい。」
悠慎の低い声が迎える。
「ええ、今日も来たわ。」
彼女は微笑みながらカウンターに座り、いつものようにお茶を手に取った。
「今日のおすすめは?」
「…肉じゃがだ。」
「へえ、いいわね。」
いつものやり取り。しかし、その静かな会話の中に、確かに何かがあった。
悠慎は鍋の火を見つめながら、ふと口を開いた。
「…昨日の話だが。」
「ん?」
「誰かに甘えるのは、難しいものだ。」
美咲美は一瞬驚き、そしてゆっくりと微笑んだ。
「ふふ、そうね。でも、少しずつでもいいんじゃない?」
悠慎は何も言わなかった。ただ、肉じゃがの鍋をそっとかき混ぜた。
その夜の肉じゃがは、いつもより少しだけ優しい味がした。
――二人の関係は、少しずつ確かに変わり始めていた。