悠慎は、自分の心の中に生じた小さな違和感を振り払おうとしていた。
料理は変わらず作れている。包丁の感触も、火の調整も、何一つ変わらないはずだった。
けれど、美咲美が店に来るようになってから、彼の世界は少しずつ変わり始めていた。
彼女のために作る料理が、いつの間にか特別になっている――。
それを認めることが、悠慎にとっては妙に落ち着かない感覚だった。
今まではただ黙々と料理を作り、客に出し、静かに過ごしていればよかった。それなのに、美咲美がカウンターに座ると、なぜか彼は彼女の表情を気にしてしまう。
「…。」
その夜、美咲美が帰った後、悠慎は小さな溜息をついた。
彼女が来るようになってから、店が変わったわけではない。しかし、彼自身は確実に何かを変えられている気がした。
「…くだらん。」
自分に言い聞かせるように呟いたが、心の奥底に残る微かな感覚は、そう簡単には消えなかった。