夜明け、世界が目覚める前。池の水面は、淡い光を映す。朝靄が漂い、空気はひんやりと湿っている。
(あいつは狂ってる…でも、俺が感じたあの安心感はなんだったんだ?)
頭では拒絶しろと叫んでいるのに、心は蓮の声を求めていた。それは母から教わった武道の精神では押さえ込めない、別種の真実。
大和は、ぼんやりと水面を見つめ、空が青から幻想的なピンクに染まり始めた時、空を見上げた。
そのとき、不意に言葉がこぼれた。
「また見つかった……」
自分でも、なぜそんなことを呟いたのか分からなかった。心臓が早鐘を打つように鳴り、その音が耳に響く。
「……何が?」
すぐ後ろから、蓮の声がした。
驚きに肩を強張らせながらも、大和は視線を前に向けたまま答えた。
その声には、自分でも気づかないような切なさが滲んでいた。
「永遠が。海と溶け合う太陽が」
蓮は一瞬、沈黙し、かすかに微笑む。
「先輩は『地獄の季節』が好きなんですか?」
「……なんだよ、別にいいだろ」
その素っ気ない返事の裏で、大和の心は激しく揺れていた。蓮との出会いは偽りだったかもしれない。でも、その後に芽生えた感情は、まぎれもない真実だった。
「先輩は ‘破滅に向かうもの’ に惹かれる。だから僕が気になるんでしょう?」
その言葉に、大和の胸が痛むように締め付けられる。
「……っ、何だよストーカーのくせに!自意識過剰!」
その表情は、まるで大和の心の奥底まで見通しているかのようだった。
「'地獄' は時として、 '美しい' ものですから」
蓮の言葉に、大和は答えられなかった。その静寂の中、水面で一輪の蓮の花が開いていく。朝焼けの光を受けて、まるで血のように赤く...
「蓮は夜明けに開くんです。でも、月の光がなければ、夜を越えられない」
大和は黙って、その光景を見つめた。近づきたいのに、近づけない。触れてはいけないものが、目の前にある。それは、花なのか、それとも蓮という存在そのものなのか。
月が完全に沈む前、最後の光が水面に映る。その儚い輝きの中で、二人は言葉を失う。しかし、その沈黙は重たくはなく、むしろ心地よいものだった。やがて太陽が昇り、世界は新しい朝の色に染まっていく。
――✲――✲――✲――✲――✲――
その夜、大和はベッドで天井を見つめていた。レースのカーテンから漏れる月の光が、心の混乱を浮き彫りにする。
(なぜ俺は、あいつの狂気に惹かれていくんだ...)
それは、誰にも見せない自分の弱さを、蓮だけが受け入れてくれると感じたからかもしれない。
それは、自分の中にある繊細さが求めていた何かなのかもしれない。武道の厳格さと、詩への憧れ。相反するものを内包する自分を、蓮は全て受け入れようとしている。
「お前の愛は、破滅への道かもしれない」
闇に向かって囁く。その言葉には、どこか甘美な響きがあった。拒絶すべき狂気に惹かれていく自分が、怖くもあり、心地よくもあった。
「俺のどこがそんなに特別なんだ?」
バスケの試合での真剣な眼差し、授業中の何気ない仕草。それらを一つ一つ丁寧に切り取り、描き留めていた蓮の想い。その執着的なまでの愛情は、確かに怖かった。でも、その怖さの中の、どこか懐かしい温もりに、気づき始めていた。
「俺も、あいつに惹かれていたんだ」
大和は小さく笑う。
「なんて皮肉だ。俺を追いかけていた相手に、いつの間にか追いつめられていた」
でも、それは不快な感覚ではなかった。むしろ、心地よい諦めのような、安堵のような感情。逃れたいのに、離れられない。そんな矛盾した感情が大和の心を満たしていた。
(あいつは狂ってる…でも、俺が感じたあの安心感はなんだったんだ?)
頭では拒絶しろと叫んでいるのに、心は蓮の声を求めていた。それは母から教わった武道の精神では押さえ込めない、別種の真実。
大和は、ぼんやりと水面を見つめ、空が青から幻想的なピンクに染まり始めた時、空を見上げた。
そのとき、不意に言葉がこぼれた。
「また見つかった……」
自分でも、なぜそんなことを呟いたのか分からなかった。心臓が早鐘を打つように鳴り、その音が耳に響く。
「……何が?」
すぐ後ろから、蓮の声がした。
驚きに肩を強張らせながらも、大和は視線を前に向けたまま答えた。
その声には、自分でも気づかないような切なさが滲んでいた。
「永遠が。海と溶け合う太陽が」
蓮は一瞬、沈黙し、かすかに微笑む。
「先輩は『地獄の季節』が好きなんですか?」
「……なんだよ、別にいいだろ」
その素っ気ない返事の裏で、大和の心は激しく揺れていた。蓮との出会いは偽りだったかもしれない。でも、その後に芽生えた感情は、まぎれもない真実だった。
「先輩は ‘破滅に向かうもの’ に惹かれる。だから僕が気になるんでしょう?」
その言葉に、大和の胸が痛むように締め付けられる。
「……っ、何だよストーカーのくせに!自意識過剰!」
その表情は、まるで大和の心の奥底まで見通しているかのようだった。
「'地獄' は時として、 '美しい' ものですから」
蓮の言葉に、大和は答えられなかった。その静寂の中、水面で一輪の蓮の花が開いていく。朝焼けの光を受けて、まるで血のように赤く...
「蓮は夜明けに開くんです。でも、月の光がなければ、夜を越えられない」
大和は黙って、その光景を見つめた。近づきたいのに、近づけない。触れてはいけないものが、目の前にある。それは、花なのか、それとも蓮という存在そのものなのか。
月が完全に沈む前、最後の光が水面に映る。その儚い輝きの中で、二人は言葉を失う。しかし、その沈黙は重たくはなく、むしろ心地よいものだった。やがて太陽が昇り、世界は新しい朝の色に染まっていく。
――✲――✲――✲――✲――✲――
その夜、大和はベッドで天井を見つめていた。レースのカーテンから漏れる月の光が、心の混乱を浮き彫りにする。
(なぜ俺は、あいつの狂気に惹かれていくんだ...)
それは、誰にも見せない自分の弱さを、蓮だけが受け入れてくれると感じたからかもしれない。
それは、自分の中にある繊細さが求めていた何かなのかもしれない。武道の厳格さと、詩への憧れ。相反するものを内包する自分を、蓮は全て受け入れようとしている。
「お前の愛は、破滅への道かもしれない」
闇に向かって囁く。その言葉には、どこか甘美な響きがあった。拒絶すべき狂気に惹かれていく自分が、怖くもあり、心地よくもあった。
「俺のどこがそんなに特別なんだ?」
バスケの試合での真剣な眼差し、授業中の何気ない仕草。それらを一つ一つ丁寧に切り取り、描き留めていた蓮の想い。その執着的なまでの愛情は、確かに怖かった。でも、その怖さの中の、どこか懐かしい温もりに、気づき始めていた。
「俺も、あいつに惹かれていたんだ」
大和は小さく笑う。
「なんて皮肉だ。俺を追いかけていた相手に、いつの間にか追いつめられていた」
でも、それは不快な感覚ではなかった。むしろ、心地よい諦めのような、安堵のような感情。逃れたいのに、離れられない。そんな矛盾した感情が大和の心を満たしていた。



