翌日の放課後、図書室に向かう。半年前、全てが始まった場所。五月雨の気配が漂う空気の中、図書室のドアを開ける。
窓辺に一枚の紙が落ちているのが目に入る。拾い上げると、大和の後ろ姿が描かれていた。図書室の窓辺で頬杖をつく姿。紙の端には小さな文字で添えられている。
「先輩を見ていると、詩が読みたくなる。」
大和はその言葉を何度も読み返す。単なる恋心とは違う、何か芸術的な憧れのような響きを感じた。それと同時に、これも計画の一部だと疑う。
(またか...わざと落としたのか...?)
足音が響き、振り向くと蓮が立っていた。頬を薄く染め、どこか困ったような表情を浮かべている。
「あ...それ...!」
「お前か」
大和はスケッチを握り締めたまま、蓮の目を覗き込む。窓の外で青葉が風に揺れ、室内に木漏れ日の影が踊る。その光が、二人の間に流れる時間をより鮮やかに染め上げていく。
「これ、わざと落としたんだろ?」
蓮は黙って大和を見つめる。その瞳には、もう計算めいたものは見えない。ただ純粋な、切ない想いだけが宿っていた。
「もういい加減にしろよ」
大和は溜息をつく。遠くで五月雨を告げる雷鳴が、低く響く。
「いつまで、こんな回りくどいことしてんだ」
「お前の気持ちは、ちゃんと伝わってるんだから」
「先輩...僕は...」
「最初は怒ってた」
大和は蓮の言葉を遮る。
「お前に騙されたって思ってたんだ。でも、違ったんだよな?」
「え...?」
「お前は確かに俺を騙した。でも、お前自身も騙されてたんだ。自分の本当の気持ちに」
蓮が震える手でスケッチを取り返そうとする。だが大和は、それをそっとポケットに入れた。
「この絵、俺が預かる」
「どうしてですか...?」
「お前の純粋な想いが、この絵には描かれてるから」
その言葉に、蓮の目から一筋の涙が零れる。外では雨が降り出し、新緑の匂いが室内に満ちていく。
その夜、大和は眠れなかった。月光に照らされた天井を見つめながら、蓮との出会いを思い返していた。図書室での最初の出会い。マッサージをしてくれた放課後。美術室での衝撃の発見。そして今日の、あの切ない眼差し。
(全て計算だったはずなのに...)
青嵐がカーテンをそっと揺らす。胸の奥が熱くなる。計算外の感情が、確かにそこにあった。
――✲――✲――✲――✲――✲――
翌日の放課後、美術室に向かう。
ドアを開けると、画材の匂いの中、一人で絵を描く蓮の姿があった。
「おい」
蓮の手が止まる。でも、まだこちらは向かない。
「人の痛がる顔なんか描くなよ」
意地悪く言う。
「描くなら...」
その言葉に、ようやく蓮が顔を上げる。目が合った瞬間、全てを悟った。
怖かったのは、蓮の執着でも、異常な愛情でもない。この透明で純粋な深い眼差しに、全てを見透かされることだった。
「描くなら、俺の、ちゃんとした顔を描けよ」
「ちゃんとした...顔?」
「ああ」
大和は蓮の傍らまで歩み寄り、その肩に手を置く。
「お前を見てる時の、俺の顔だよ」
その言葉を口にした瞬間、大和は自分の中の最後の迷いが消えるのを感じていた。怖れていたのは、蓮の想いの強さではなく、自分もまた同じように惹かれていることだったのかもしれない。
蓮の瞳が潤む。
「本当に、いいんですか?」
その声には、まだ不安が滲んでいる。
「僕のこの想いに、耐えられるんですか...?」
「計算で始まった想いだとしても」
大和は蓮の頬の涙を指で拭う。
「今は、確かな愛になっている」
「先輩...」
「俺も同じだ」
はっきりと告げる。
「お前のこと考えて、気が狂いそうになるんだから」
日没を間も無く迎える美術室。黄昏時は二人の心も黄昏させる。
「描いていいですか?」
蓮の声が囁きになる。
「先輩の、今のこの表情を」
「ああ」
大和は優しい表情で微笑む。図書室の窓から差し込む夕陽が、二人を包み込む。まるでこの瞬間を永遠に残そうとするように。
大和は自分の中の何かが、静かに、しかし確実に変化していくのを感じていた。「先輩を見ていると、詩が読みたくなる」という蓮の言葉が、今さらのように心に響く。
窓辺に一枚の紙が落ちているのが目に入る。拾い上げると、大和の後ろ姿が描かれていた。図書室の窓辺で頬杖をつく姿。紙の端には小さな文字で添えられている。
「先輩を見ていると、詩が読みたくなる。」
大和はその言葉を何度も読み返す。単なる恋心とは違う、何か芸術的な憧れのような響きを感じた。それと同時に、これも計画の一部だと疑う。
(またか...わざと落としたのか...?)
足音が響き、振り向くと蓮が立っていた。頬を薄く染め、どこか困ったような表情を浮かべている。
「あ...それ...!」
「お前か」
大和はスケッチを握り締めたまま、蓮の目を覗き込む。窓の外で青葉が風に揺れ、室内に木漏れ日の影が踊る。その光が、二人の間に流れる時間をより鮮やかに染め上げていく。
「これ、わざと落としたんだろ?」
蓮は黙って大和を見つめる。その瞳には、もう計算めいたものは見えない。ただ純粋な、切ない想いだけが宿っていた。
「もういい加減にしろよ」
大和は溜息をつく。遠くで五月雨を告げる雷鳴が、低く響く。
「いつまで、こんな回りくどいことしてんだ」
「お前の気持ちは、ちゃんと伝わってるんだから」
「先輩...僕は...」
「最初は怒ってた」
大和は蓮の言葉を遮る。
「お前に騙されたって思ってたんだ。でも、違ったんだよな?」
「え...?」
「お前は確かに俺を騙した。でも、お前自身も騙されてたんだ。自分の本当の気持ちに」
蓮が震える手でスケッチを取り返そうとする。だが大和は、それをそっとポケットに入れた。
「この絵、俺が預かる」
「どうしてですか...?」
「お前の純粋な想いが、この絵には描かれてるから」
その言葉に、蓮の目から一筋の涙が零れる。外では雨が降り出し、新緑の匂いが室内に満ちていく。
その夜、大和は眠れなかった。月光に照らされた天井を見つめながら、蓮との出会いを思い返していた。図書室での最初の出会い。マッサージをしてくれた放課後。美術室での衝撃の発見。そして今日の、あの切ない眼差し。
(全て計算だったはずなのに...)
青嵐がカーテンをそっと揺らす。胸の奥が熱くなる。計算外の感情が、確かにそこにあった。
――✲――✲――✲――✲――✲――
翌日の放課後、美術室に向かう。
ドアを開けると、画材の匂いの中、一人で絵を描く蓮の姿があった。
「おい」
蓮の手が止まる。でも、まだこちらは向かない。
「人の痛がる顔なんか描くなよ」
意地悪く言う。
「描くなら...」
その言葉に、ようやく蓮が顔を上げる。目が合った瞬間、全てを悟った。
怖かったのは、蓮の執着でも、異常な愛情でもない。この透明で純粋な深い眼差しに、全てを見透かされることだった。
「描くなら、俺の、ちゃんとした顔を描けよ」
「ちゃんとした...顔?」
「ああ」
大和は蓮の傍らまで歩み寄り、その肩に手を置く。
「お前を見てる時の、俺の顔だよ」
その言葉を口にした瞬間、大和は自分の中の最後の迷いが消えるのを感じていた。怖れていたのは、蓮の想いの強さではなく、自分もまた同じように惹かれていることだったのかもしれない。
蓮の瞳が潤む。
「本当に、いいんですか?」
その声には、まだ不安が滲んでいる。
「僕のこの想いに、耐えられるんですか...?」
「計算で始まった想いだとしても」
大和は蓮の頬の涙を指で拭う。
「今は、確かな愛になっている」
「先輩...」
「俺も同じだ」
はっきりと告げる。
「お前のこと考えて、気が狂いそうになるんだから」
日没を間も無く迎える美術室。黄昏時は二人の心も黄昏させる。
「描いていいですか?」
蓮の声が囁きになる。
「先輩の、今のこの表情を」
「ああ」
大和は優しい表情で微笑む。図書室の窓から差し込む夕陽が、二人を包み込む。まるでこの瞬間を永遠に残そうとするように。
大和は自分の中の何かが、静かに、しかし確実に変化していくのを感じていた。「先輩を見ていると、詩が読みたくなる」という蓮の言葉が、今さらのように心に響く。



