智哉は、美理と過ごす日々が心地よく、安らぎを感じる一方で、どこかで不安を抱えていた。彼の心の中には、常に「自分には美理にふさわしくない」という気持ちが残り、それが日々の彼の行動や言動に影響を与えていた。美理はそんな智哉の不安に気づきながらも、彼を支えることを決してやめなかった。
しかし、智哉は美理に対して素直に自分をさらけ出すことができない。美理がどれほど心を開いてくれていても、智哉は自分の不安や恐れをどうしても消し去ることができなかった。その不安は、次第に智哉の行動を制限し、彼の心の中で美理との距離を作ってしまう。
ある日、智哉と美理は再びキャンパス内で顔を合わせた。彼女は明るく笑顔を見せ、智哉に話しかけた。
「智哉さん、今日は少しだけ、ゆっくりお話ししませんか?」
美理のその提案に、智哉は少し驚いた。しかし、彼女が持っている穏やかな空気と、普段の彼女の優しさに心が引かれ、智哉はその提案を受け入れることにした。
二人は、静かなカフェに向かって歩きながら話をした。美理は智哉に、最近の授業の内容や、彼の考えを尋ねてきた。智哉は、普段のように彼女の質問に答えつつも、どこかで心の中に引っかかりを感じていた。
「美理さん、最近、ちょっと自分のことで悩んでいることがあって。」
智哉は、思わずその言葉を口にした。美理はすぐにその言葉に反応し、優しく問いかけた。
「悩み、ですか? 何かあったんですか?」
智哉は少し迷ったが、その気持ちを話すことに決めた。
「自分が…君にふさわしくないんじゃないかと思うんだ。君は本当に素晴らしい人で、完璧で、誰にでも優しくて…でも、僕はその逆で、どうしても自信が持てない。」
美理は、智哉の言葉に静かに耳を傾け、しばらく黙って考えてから言った。
「智哉さん、私はあなたのことを素晴らしいと思っています。完璧だとは思わないけれど、あなたのその素直さや真摯さが、私にとって一番大切なんです。」
その言葉に、智哉は思わず息を呑んだ。美理がこう言ってくれることが、どれほど自分にとって励みになるのか、智哉はその瞬間に強く感じた。
「でも、美理さんはもっと素晴らしい人だし、僕なんかに頼られたり、支えられたりする資格なんてないんじゃないかって、どうしても思っちゃうんだ。」
智哉のその言葉に、美理は少し顔をしかめた。
「智哉さん、私はあなたに頼りたいし、あなたを支えたいと思っています。だから、そんなふうに自分を低く見ないでほしい。私たちは、お互いに支え合っていく存在だと思うから。」
美理は静かに言った。その言葉は、智哉の胸にしっかりと響いたが、それと同時に彼の心の中に新たな葛藤が生まれた。美理が自分を支えてくれることに、智哉は感謝の気持ちを抱きながらも、同時にそれが重荷に感じられる瞬間があることを、どうしても避けられなかった。
「でも…美理さん、君の気持ちを受け入れることが、僕には怖いんだ。」
智哉はついにその気持ちを吐き出した。美理はしばらく黙って智哉を見つめ、その後、少し穏やかな表情で言った。
「怖い、というのはどういうことですか?」
「僕が君に頼りすぎることが、君にとって負担になったり、君が苦しむことになったら…それが怖いんだ。」
智哉はその恐れを正直に話すことができた。しかし、その言葉を聞いた美理は、静かに答えた。
「智哉さん、私があなたに頼られることは、むしろ嬉しいことです。だから、私があなたを支えることに対して、怖がらないでほしい。」
その言葉に、智哉はまた少しだけ驚いた。しかし、同時に心の中で、少しずつ美理の気持ちが理解できるようになっていた。美理は自分が支える側であり、智哉もまた彼女を支える存在になりたいと心から思っている。
その後、二人はしばらく静かな時間を過ごした。智哉は美理の優しさに触れ、少しずつ自分を開いていくことを決意した。
しかし、その決意の中にも、不安が完全に消えることはなかった。智哉は美理との関係を深めていくことを望んでいたが、同時にその関係が壊れることへの恐れも抱えていた。

智哉は美理の言葉を聞きながら、その温かな気持ちにどこか安堵していた。しかし、その一方で、自分が美理に与える負担を考えると、どうしても心が痛む。美理の言葉に安心しながらも、まだ彼女のことを本当に理解できていないのではないかという不安が心の中に渦巻いていた。
その日の夕方、智哉は美理と一緒にキャンパスの近くを歩いていた。彼女と過ごす時間は、智哉にとって心の支えとなり、同時に心の中に積もる不安を感じさせることもあった。美理はどこまでも優しく、智哉を受け入れてくれる存在だと感じていたが、それでもどうしても自分が彼女に対して甘えすぎてしまっているのではないかと、智哉は心の中で悩んでいた。
「美理さん、君といると、どうしても自分が弱くなってしまう気がするんだ。」
智哉はその気持ちを、思わず口にした。美理は少し驚いた顔をしたが、すぐにその表情を柔らかくし、智哉を見つめた。
「弱い、って…智哉さんが弱いわけではないですよ。むしろ、あなたが素直に自分の気持ちを話してくれることが、私にとってはとても大切なんです。」
美理のその言葉に、智哉は思わず顔を上げて彼女を見つめた。その目には、優しさと確かな信頼が宿っている。それが智哉には大きな力となり、心の中で少しずつ不安が溶けていくのを感じた。
「でも、君がこんなふうに支えてくれることが、逆に負担になってしまわないか心配で…。」
智哉はその不安を口にした。美理は、智哉の肩を軽く叩くと、穏やかな声で言った。
「智哉さん、私があなたを支えたいと思う気持ちは、負担ではありません。むしろ、私があなたを支えることで、私はあなたともっと繋がりたいと思うんです。」
その言葉に、智哉は少し驚き、そして安堵の表情を浮かべた。
「でも、美理さんはもっと大切なことがあるんじゃないか? もし僕が君に負担をかけすぎていたら、どうしたらいいのか…」
智哉の言葉に、美理は少しだけ考え込んだ後、真剣な眼差しで答えた。
「私にとって、智哉さんとの関係は大切で、支え合うことが私たちの未来を作ると思っています。もし何か気になることがあったら、無理せずにお互いに話し合えばいいんです。」
その言葉に、智哉は心から感謝の気持ちを込めて頷いた。そして、少しだけ顔を赤くしながら言った。
「ありがとう、美理さん。君といると、少しずつだけど、心が軽くなる気がする。」
美理はその言葉を聞いて、静かに微笑んだ。
「私も、智哉さんと過ごす時間がとても大切です。だから、これからもお互いに支え合っていきましょう。」
二人はそのまま、少し歩みを進めていった。智哉の中で美理との絆が深まっていくのを感じ、少しずつ不安が消えていくのを実感した。しかし、心の中では、まだ完全には解消されていない気持ちがあった。美理の優しさに支えられている自分を、時折不安に感じてしまう自分がいた。
その後、智哉は美理と一緒に過ごす時間を大切にしながら、少しずつ自分の気持ちに正直になろうと心掛けていた。美理がどれほど素晴らしい人で、自分を受け入れてくれる存在であることを実感する中で、智哉は自分がもっと強く、そして誠実に美理に向き合いたいと思うようになっていた。

次の週、智哉は美理と一緒に学外のイベントに参加することになった。二人は協力して準備を進め、充実した時間を過ごしていた。しかし、その最中、智哉はふとした瞬間に美理が何かに悩んでいることに気づいた。
「美理さん、何か気になることがあるの?」
智哉がそう問いかけると、美理は少し驚いた表情を見せ、そして少し黙った後、言った。
「実は、最近、自分の進むべき道について少し迷っているんです。」
その言葉に、智哉は驚きつつも、すぐに美理の話に耳を傾けた。
「迷っているって…進路のこと?」
美理はうなずき、少し顔を曇らせながら続けた。
「はい。今、将来のことを考えるとどうしても不安になってしまって…」
智哉はその言葉を聞き、少しだけ考え込んだ後、静かに答えた。
「美理さんは、すごくしっかりしているし、周りをよく見ているから、迷っていること自体が意外だよ。」
美理は少し笑いながら言った。
「智哉さんがそう言ってくれると、少し元気が出ます。」
智哉はその言葉を聞いて、少しだけ心が温かくなった。美理の悩みを受け止めることで、彼は少しでも彼女の支えになりたいと思うようになった。
「僕も美理さんに頼りにされたいと思っているから、何でも話してほしいな。」
美理はその言葉に感謝の気持ちを込めて微笑み、少しだけ深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「ありがとう、智哉さん。実は、将来について、少し不安があって…。自分が何をしたいのか、はっきりと決められないんです。」
その言葉に、智哉はしっかりと美理を見つめながら、答えた。
「君が何をしたいのか、まだ分からないのは当然だよ。でも、僕は美理さんがどんな道を選んでも、君を支えるつもりだ。」
美理はその言葉を聞き、再び穏やかな表情を浮かべた。
「ありがとう、智哉さん。あなたがいてくれることが、今は一番大きな支えです。」
智哉は微笑みながら、少しだけその距離を縮めるように歩み寄った。
「美理さんの進む道が、きっと君にとって一番いいものになると信じているよ。」
その言葉を聞いて、美理はもう一度、智哉に感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

第5章終