席が隣同士になって以降、俺は由良に話しかけることが増えた。
「ね、由良くん。教科書忘れたから見せて」
 ごく自然に、さりげなく。机を隣にくっつけて、由良との距離を近付ける。
「えっ……また?」
 由良は数回まばたきをして、戸惑ったように俺を見た。そりゃそうだ。もう三日連続で、なんらかの忘れ物をしているのだから。
「いや、別に、見せるのはいいけど……真生くん、忘れ物多くない? 大丈夫?」
「あはは〜、塾に持っていってさあ、そのまま忘れちゃうんだよね〜」
 嘘である。普通に持ってきているが、由良と接点を作るためにわざと忘れたことにしている。
 由良は「も〜……」と呆れたように言いながら、机と机を引っ付けて、その真ん中に教科書を置いてくれた。
「ありがと〜、由良くん。優しいね〜」
「明日はちゃんと持ってきてよ?」
「うん、がんばる〜」
「――おい、真生」
 しかし、上機嫌に由良とイチャついていたのも束の間。左隣から低い声を投げかけられ、俺は露骨に(へき)(えき)した。
「……なんでしょーか、コバさま」
 棒読みで答えると、コバは説教モードをオンにする。
「お前、灯に毎日迷惑かけてんじゃねーよ。朝ちゃんと持ち物の確認しねえから忘れ物すんだろ? だいたいなあ、次の日に必要な持ち物は、前の日から準備しといてあらかじめバッグに入れておくのが常識――」
「あっ、せんせー! 俺、その問題分かります! 解きます!」
「おいコラ! 無視すんな、真生!」
 長くなりそうな説教を遮り、問答無用で逃げた俺。吠える友人を無視して黒板へ向かい、チョークを握って白い文字を滑らせた。
(ったく、コバのヤツ、油断もスキもないな。俺は忙しいってのによ〜)
「おい杉崎、お前の解答全然違うぞ」
「あれれ〜、おかしいな〜」
「何がしたいんだ、お前は! もういい、じゃあ隣の席の由良! 杉崎の代わりに解答して!」
 数学の先生に軽く小突かれ、俺は席に戻される。代わりに由良が先生に当てられ、「は、はい!」と慌てて前に出てきた。
 俺の誤った解答の代わりに、由良が正しい解答を……?
 席に戻りながら、俺は(あご)に手を当てて考える。これって、もしかして〝初めての共同作業〟というヤツでは? 実質ケーキ入刀に等しいのでは? つまり入籍?などとスーパーポジティブタイムに突入し、俺は頬を緩めた。
「……おい、どうした、真生。席に戻ってきた途端に鼻の下伸ばして」
「フッ……今俺は愛の共同作業の真っ最中だ。見せつけちまって悪ィな、コバ」
「何言ってんだコイツ?」
 コバは若干引いた顔だが、俺はすっかりご満悦。ここ数日間の俺は、ずっとこんな感じだった。
 由良との距離を縮めるため、わざと忘れ物やドジを繰り返し、強引に由良との接点を作っては、他愛のない会話を試みる――最初は緊張からトンチンカンなことを口走っていた俺だが、今ではだいぶ自然な会話ができるようになってきた。時折、隣のオカン……じゃなくてコバが、こうして口を挟んでくるものの、コイツのありがたいお説教もなんやかんやで慣れてきて、うまく受け流しながら日々を乗り切っている。
(今のところ、由良との仲良し作戦は順調だ。もう少し距離を縮めれば、由良も自信持って俺に告白しに来るはずだぜ……くくく……)
 恥ずかしそうにしながら俺を校舎裏に呼び出す由良の姿を妄想していると、不意にコバが身を乗り出し、そっと俺に耳打ちした。
「あのなあ、真生……灯が優しいからって、あんまり甘えるなよ?」
「ん?」
「自分の立場に置き換えてみろ。隣の席のヤツが毎回忘れ物するアホなんて、ただウザいだけだろ? アイツも勉強に集中できないだろうし、邪魔しないでやれよ」
 片眉を下げ、小声で忠告してくるコバ。
 ただウザいだけ――その言葉がぐさりと胸に突き刺さり、俺はぎこちなく目を逸らした。
(うぐ……た、確かに……。毎日やりすぎても、ただしつこくて、ウザがられるだけだよな)
 調子に乗りすぎるのはよくない。普段は聞き流してしまうコバの忠告を素直に受け入れ、少しやり方を変えなければと思案する。
 となると、次の作戦はどうするか。
(うーん、由良みたいな控えめな性格の場合、甘えてくる男よりも甲斐性のある男の方が好みだったりするかもな。……よし。次は〝頼り甲斐アピール作戦〟で行くか)
 そういう思考に至った俺は、うんうんと頷き、いさぎよく作戦を変更する。
 これまでの忘れん坊モードは一旦封印し、頼れる男だってことをアピールしてやるぜ!
「というわけで、コバ! 時は満ちた! 俺の特訓に付き合ってくれ!」
「……は? 特訓って何!?」
「俺の男を磨く特訓に決まってんだろ! 明日土曜だし、お前ん家行くからよろしく!」
「まーた急にワケの分からんことを……あのなあ、お前はそうやっていつもいつも――」
「おい! 小林、杉崎! うるさいぞ!」
「あ、すんまっせーん……」
 先生に叱られて謝りつつも、「お前のせいだぞ」「いやお前だろ!」などと耳打ちし合う俺とコバ。
 そんな俺らのことを、隣の由良はきょとんと不思議そうな目で見つめていた。