◇

 六日後。待ちに待った、水曜日の放課後がやってくる。
 そわそわしながら一日を終えた俺の足は、さっそく保健室へと向かっていた。
(さあ来いよ、由良。確かめてやるからな)
 運命の決戦を前に、俺は妙な緊張感を抱えて廊下を進み、ついに保健室の扉を開ける。
 すでに職員会議に出ていってしまったのか先生の姿はなく、誰かがベッドを使用している気配もない。これは絶好の寝たフリ日和だ。この状況でたぬき寝入りに徹しておけば、今日も由良が近付いてきて、告白の練習をし始めるかもしれない。
 深呼吸を繰り返し、ベッドに入り、決戦の時を待つ。
 ここ数日間の由良からは、たまにこちらへ視線を送ってくること以外、変わった様子は見受けられなかった。恋愛的なアプローチを仕掛けてくる気配などないし、そもそも話しかけられることすらないのだから、告白なんてもってのほかだ。
 やっぱり俺の妄想なのでは……と(せん)(りつ)していたその時、誰かが保健室に入ってくる。
 ハッとして、俺はすぐさま寝たフリを開始した。
 ――シャッ。
 カーテンを開ける音がしたあと、控えめな足音が俺の元へ近付いてくる。息を呑み、鼓動を速めながら黙っていれば、足音は俺のすぐそばで止まった。
「……杉崎くん」
 やがて耳元で囁かれたその声は、やはり由良のものだ。
 間近で息がかかり、俺は思わず反応しそうになるが、どうにか耐える。
「寝てる……?」
「…………」
「……うん。寝てる、ね」
 由良は俺が眠っているかどうかを確かめつつ、緊張した様子で深呼吸を繰り返す。
 そして、ついに、はっきりと告げた。
「――好きです。俺と付き合ってください!」
(いよっしゃァァ! 告白だぁぁ! 危ねえ、よかった、俺の妄想じゃなかった!)
「いつも楽しそうにバスケしてて、真剣にバスケと向き合ってる姿がかっこよくて、好きになりました……!」
(ほら見ろ、やっぱこれ俺のことだろ!? ありがとうございます! バスケ部(みょう)()に尽きます!)
「普段は出さないようにしてるけど、たまに地方の(なま)りがうっかり出ちゃうところとかも、可愛くて好きです!」
(ほらほらやっぱ俺の――ん? 俺……? 俺、だよな? え、俺ってそんなに訛りとか出てる? マジ?)
 かなり具体的な人物像はある。だが、一向に名前は出てこない。
 一応俺のことだと捉えられるものの、明確にそうだとも言いきれないような、なんとも言えないラインの告白だ。じれったさを感じつつヤキモキしていると、由良はため息をこぼした。
「はあ……そろそろ、ちゃんと言わないと……告白する勇気出さなきゃ……」
 ひとりごち、告白の練習を一区切りさせると、由良はカーテンの向こう側へ出ていってしまう。どうやら、これで今日の予行練習はおしまいのようだった。
 残された俺は静かに目を開け、ふむ、と考える。
 一連の動向を見る限り、由良は告白の予行練習ばかりしていて、本番の告白ができずにいるらしい。結局誰のことが好きなのか名前は出てこなかったが、ほぼ間違いなく、俺な気がする。ってか絶対俺だろ。
(……俺、今ここで告ったらいけんじゃね? どうする、このまま俺から告白しちまうのもアリだぞ)
 ゴールまでの最短距離を導き出す俺だが、〝好きな子から追いかけられたい〟という欲も同時に出てくる。
 俺は目を閉じ、静かに妄想した。

 放課後。
 誰もいない校舎の裏。
 緊張した顔で俺を呼び出し、恥ずかしそうに声を震わせて、『好きです』と告白してくる由良――。

(……見たい。正直めっちゃ告られたい)
 ストレートな欲望が一気に勢力を増し、俺の脳内に攻め込んでくる。
 さっさと告って両思いになりたい自分。由良が告白してくるのを待ちたい自分。両者が頭の中でせめぎ合い、一歩も譲らず睨み合う。俺は一触即発の脳内抗争を鎮めながら薄目を開き、わずかなカーテンの隙間から、由良の横顔を覗き見た。
 小柄で、線は細く、柔らかそうな黒い髪が目元にかかっている。長めの前髪は消極性の表れだろうか。常に(うつむ)きがちで、眉尻も下がって、存在感ごと空気に溶けてしまいそう――そんな気の弱い由良が、コソコソ練習しながら、俺に告白しようと頑張っているのだとしたら。
(……イイジャン!! 百点!! 超応援する!!)
 俺の脳内で巻き起こっていた抗争は、『由良くん可愛い』『好きって言って』のうちわを持ってカチコミをかけた〝どうせなら告られたい軍〟の猛攻により大勝利を収めた。
 かくして、由良に告白されるという方針へ強引に(かじ)を切った俺。だが、俺はかの(いえ)(やす)(こう)のごとく、どっしりと構えて天下統一を待つようなタイプではない。
(アイツ、このまま放っておいたら、告白しにくるまで何年もかかりそうだもんなあ。……だとしたら、俺がやることはひとつだろ)
 自信がないなら、こっちが引き出してやりゃあいい。
 積極性がないなら、こっちから誘い込んでやりゃあいい。
 鳴かぬなら、アシストするぜ、ホトトギス。由良が告白しやすいシチュエーションを、この俺自らプロデュースして、最高の告白環境を演出してみせる!!
 カーテン越しに視線を送り、たぬき寝入りで天下を狙う。
 こうして、由良から告られるための俺の計画は、堂々と幕を開けてしまったのであった。