そして、翌日。俺の期待はさらなる確信へと近付くことになる。
(……絶対俺のこと好きじゃん)
じりじり、真夏の太陽光を直に浴びているみたいに、背後からの視線が突き刺さる。いつもと変わらない教室の中。なのに、見える世界が、明らかに昨日までと違う。
由良がめちゃくちゃこちらを見ていることに、俺は気付いてしまったのだ。
(やっべえ、間違いない。どう考えてもあの告白は俺に対して言ってやがった)
俺は乾きそうになるほど見開いた目を血走らせ、由良の視線を背中で受け止める。
名前が『ゆ』から始まる由良の席は、一番後ろで、一番端。一方、俺の名前は杉崎の『す』で始まり、席も教室の中央あたりに位置している。そのため、斜め後方から向けられる熱い視線が、少し顔を傾けるだけでギリギリ視界に入り込んでくるのである。
これはさすがに言い逃れができないぞ、由良。今なら現行犯で取り締まれるぐらいこっち見てんぞお前。いやほんと、めっちゃ見てる。すげー見てるもん。絶対俺じゃん。俺のこと好きなんじゃん。
ドッドッドッ――速い鼓動を打ち鳴らす胸。外面だけはキリッと引き締め、クールで聡明なナイスガイを気取りながら知らん顔に徹するが、脳内はフルーツポンチもびっくりの浮かれポンチだ。脳みそがサイダーに浸かりまくっている。弾けまくってシュワシュワする。
しかし、この状況で浮き足立たない方が無理ってもんだろ?
好きな人が俺のことを意識しているわけだぞ?
多少の浮かれポンチは無罪だろ!
(いや〜、参っちまうな〜。まさか両思いだったなんて。まあ、俺ってイケメンだし? 気遣いもできるし? やっぱ男の色気っつーの? そういうのが出ちまったのかな〜。ふっふっふ)
憂いを帯びたハリボテのイケメンを演じる裏で、薄っぺらな慢心が鼻高々に調子づく。好きな人に意識されているという事実は、俺の胸を多幸感で満たしていた。
鼻歌すら口ずさみそうになりながら優越感にひたっていると、不意に前の席の人物が振り向き、声をかけてくる。
「なあ、真生。購買行こうぜ」
俺を購買に誘ってきたのは、友人の小林――通称〝コバ〟だ。一年の頃から仲が良く、教室でも部活でも、だいたいいつも一緒にいる。眉毛が太くて背が高く、体付きも屈強で、いかにも体育会系といった生真面目なカタブツだが、普通に良いヤツである。
俺は由良の視線を気にしたまま、カッコつけて答えた。
「おう。いいとも。我が友・コバよ」
「……ん? 何? なんかお前、めっちゃ機嫌よくね? どしたん」
「ははは。そんな日もあるさ。我が友・コバよ」
「なんだコイツ。喋り方すげーウゼェんだけど」
見るからにご機嫌な俺の様子に、若干引いているコバ。そんな友の隣に並び立って教室から出る際に、俺はさりげなく由良の方へと顔を向けた。
どうやら由良はまだこちらを見ていたようで、俺との視線が交わりそうになると、ぎこちない動きで顔を背けてしまう。頬を赤らめて知らんぷりするその姿は、こちらを意識していますと白状しているようなものだ。俺は緩みそうになる口元を手で覆い隠した。
(はい確定、これ絶対俺のこと好きだわ。すべてお見通しで〜す、好きバレ現行犯逮捕〜)
「おい真生、何チンタラしてんだ。行くぞ」
「はいはいはい、分かったって。今行くよ」
急かすコバに早足で追いつく。むしろ鼻歌混じりのスキップで追いつく。
今にも踊り出しそうなほど浮ついた気分のまま購買への道のりを歩んでいると、一呼吸置いて、コバは俺を見た。
「……真生」
「ん〜?」
「お前、昨日、部活サボってどこ行ってた?」
やや低い声で問われ、それまで小躍りしていた気分が急激に盛り下がる。
しまった、やられた。購買へのお誘いはただの口実で、コイツの本当の目的は俺のサボり癖に喝を入れるための尋問だ。
「いや〜……ええと……」
言い淀むと、コバはじろりと俺を睨む。
「あのなあ、真生。お前、最近マジで部活サボりすぎだぞ。特に水曜日。ウォーミングアップの時間、いつもいねーだろ? どこで何してんだよ」
「あ〜、ほら、俺にも色々と事情があってぇ……たとえば勉強とかぁ……」
「お前が自主的に勉強なんかするわけねえだろうが。また髪も派手に染めてるし。しっかりしろよ、お前は次のキャプテン候補だぞ? 悪い先輩たちみたいになってどうすんだ、来期は誰がチームの統率を――」
「……はあー」
先生からも散々聞かされた説教をまた浴びる羽目になり、俺はうんざりしたため息を吐き出す。
「何がチームの統率だよ、どうせ練習試合にも出る気のねえお遊びチームだろ? 誰がキャプテンになっても、どうせそんなに変わんねえよ」
コバの説教を遮って反論すれば、彼はさらに渋い顔をした。
「お前、その『どうせ』って口癖やめろって言ったろ」
「ああ、うん……」
「そうやってすぐ投げやりになるの、お前の悪い癖だぞ。だいたい――」
「も〜、お前は俺のお母さんか! 分かったって、ごめん! 不真面目な俺が悪かったです! だからケンカはやめよ? ね?」
おねだりするようにおどけてみるが、厳格という字をそのまま人の形にしてしまったかのようなコバの表情は、厳しいまま変わらない。「お前は不真面目なんじゃなくて、不真面目ぶってるだけだろ? そもそもなあ……」などと続く説教を聞き流し、俺は呆れ顔で階段の踊り場に設置された鏡へと視線を移した。
そこに映った自分の姿は、バスケのキャプテンナンバーを背負っていた頃の過去の自分の姿と、一瞬だけ重なって見える。あまり思い出したくない、〝あの時〟の自分だ。
(あーあ、いつまでも鬱陶しいな、ほんと)
俺がそいつから目を背けた時、同時に思い出したのは、由良の顔だった。
アイツと出会ったばかりの頃の俺のままだったら、今のコバの説教も素直に受け入れられていたのかもしれない――なんて考えながら、あの日の由良のことを思い出す。

