初日にあれほど騒ぎになったのに、二か月も経てば橘の過激な発言もの一コマとなり、もはや誰も気に留めなくなった。ホームルームでは誰も彼女の話を聞いていない。
「森、爆睡かよ。起きろよ、レイドやろうぜ」
休み時間に居眠りをしている森を相川が起こしてゲームに誘うのも見慣れた光景だが、ついにホームルームの最中にもやりだした。最近は輪ゴムを飛ばして背中に当てて起こしている。
「いってーな」
そう言って森がやり返すのもお決まりの展開だ。
「輪ゴムを飛ばすのは危ないからやめなさい。教室はあなたたちだけのものではありません」
橘に注意されてもどこ吹く風だった。その後も飛ばしあう二人のもとに橘が歩いていく。橘は落ちている輪ゴムを拾うとポケットの中に入れた。
「やめないのなら没収します」
「は? 窃盗かよコネババじゃなくてネコババだな」
「PTAに言いつけるぞ」
当然のように相川たちは突っかかった。
「どうぞ。言いたければ言えばいいでしょう。本当に、人の迷惑も顧みず幼稚園児のように輪ゴムを飛ばしていたら没収されましたなんてお家の方に言えますか?」
言っていることは明らかに橘が正しいが、いかんせん煽るような口調だから相川たちのヘイトもたまる一方だ。
「チッ、コネババネコババヒスババア」
結局その場の輪ゴム飛ばしは強制終了となり、その日は席替えをして解散になった。席の決め方がくじでも自由でもなく橘に勝手に決められたことに何人かが激怒していたが、橘は気にも留めなかった。
席替えの件とは関係なく、翌日以降の休み時間も彼らは輪ゴム飛ばしをやめなかった。
「幼稚ですね。恥ずかしくないのですか?」
窓側最前列の隣同士で輪ゴムを飛ばしあう二人を見下したように橘が言った。橘はなぜか休み時間教室に来るようになった。自分の授業があるときは五分前に音楽室に帰るけれども、そうでなければギリギリまで教室にいる。
問題は橘の定位置が私や浅沼蘭の席のすぐそばだということだ。
「浅沼さん、少しは勉強したらどうですか?」
橘が友達としゃべっていた蘭に絡み始めた。
「は? 休み時間に何をしようが私の勝手でしょ? てか、私声優志望だし」
「そうですか。でしたら、休み時間もそのタブレットでアニメを見るくらいの気概を見せてほしい物ですね。イヤホンを忘れたなら貸しますよ」
「なんなのこいつ! いちいちキモイんだけど!」
蘭一派は怒って教室を出ていった。教室の空気はどんどん悪くなり、休み時間は教室を出る人が日に日に増えていった。
私は橘に絡まれたくなかったので大人しく勉強することにした。大学受験をする気はさらさらなかったけれど、期末試験で赤点をとると面倒なことになるので試験勉強くらいしても罰は当たらない。
花はなぜかわざわざ私の席まで来て一緒に勉強するようになった。たぶん花は橘のことが好きだからだと思う。帰り道やラインで「橘先生って綺麗だよね」とか「かっこいいよね」とか言ってくるのにはもう慣れた。
顔と声が綺麗なことには同意するが、それだけだ。はっきり言って橘を好きになるのは女の趣味が悪すぎる。外見が好みなら誰でもいいのか。花に人を見る目がなかったと知り、かなりショックだ。
居心地が最悪に悪い空間から逃げるために、教科書を読み続ける。男子の間では輪ゴム飛ばしが流行って盛り上がっているようだが、教室に残っている女子は完全にお通夜状態だ。
一息ついて顔をあげて教室を見回す。だいぶ教室の人数が減っている気がする。全部橘が悪い。
「うわっ、やべっ!」
相川が輪ゴムのコントロールをミスしたようだ。輪ゴムがこちらに飛んでくる。しかし、あまりにも一瞬のことで体が動かず私は目を閉じることしかできなかった。ガタンと机が動く音とパチンという何かに輪ゴムが当たる音がした。
目を開けると、目の前に橘が立ちふさがっていた。視線の先では相川たちが気まずそうにしている。
橘が私を庇った。にわかに信じがたかった。私は橘に対して反抗的だったし、休み時間もわざわざ監視されているから。
橘はつかつかと相川のもとへと歩いていく。
「相川君、右手を出しなさい」
有無を言わせない迫力で橘が言う。
「は、手が何?」
予想外のことを言われた相川は言われるがままに右手を差し出した。橘は相川の手首をつかむと再びすごんだ。
「ボールを投げる大事な手ですよね。これから甲子園に行って、プロになって……夢を掴むための手ですよね。週末は試合でしたね。今、私がこの指を折ったらどう思いますか?」
遠くで離れてみているだけの私でも怖いと感じた。その狂気が演技なのか素なのかはわからないが、向けられた相川はたまったものではないだろう。心底慌てた様子で橘の腕を振り払って後ずさった。
「は? ババア頭おかしいんじゃねえの? 輪ゴム、顔じゃなくて腹に当たっただけだろ! てか、女に指おられるほどやわじゃねーし」
相川は体を鍛えている。女性が指を折るのは至難の業だろう。
「そうですね。でも、刃物を使ったらどうなりますか? 刺し違えてでも殺すと覚悟した人間相手に無傷でいる自信はありますか?」
それが恐怖に起因するものかわからないが、相川は顔をこわばらせ、右手を背中に隠した。
「コネでしか就職できない行き遅れババア。いつもあなたが私に言っていることですよ。人生が既にめちゃくちゃになっている無敵の人の捨て身ほど怖い物はありませんよ」
「意味わかんね、何で輪ゴム当てただけで刺されたり指おられたりしなきゃいけねえんだよ」
相川の声には動揺の色がまじっていた。
「私が間に入らなかったら、渡会さんの顔に当たっていました。渡会さんの顔に傷が残ったら、どう責任をとるつもりだったんですか?」
橘の発言には驚いた。なぜ橘が私のためにここまで怒るかの心当たりがなかった。
「いや、渡会には当たらなかったし」
「それは結果論です。私が見張っていなかったら、当たっていた。顔に傷が残ったら致命的な職業目指している人もいるんです。目に当たって視力が落ちたらつけなくなる職業だってあります。あなたの軽率な行動一つで、一人の人生の選択肢を奪っていたかもしれない。あなたがしたのはそういうことです」
「いや、おかしいだろ。大体俺以外にもやってたやついるのになんで俺だけこんな言われなきゃいけねえの」
「論点をずらさないでください。あなたが飛ばした凶器が、渡会さんの顔に傷を残したかもしれない。今はそのことについて話しているんです」
橘は私が宝塚に入れるわけがないと思っている。顔に傷ができようとできまいと。なのに、どうして。
「くだらない悪ふざけで人の夢を踏みにじれる人間に、夢を追いかける資格はありません。右手を出しなさい」
「いや、意味わかんねえって。ほんと、おかしいよお前」
「わからなくて結構。自分のしたことの意味も分からないなら、大人しくしていなさい。いいですか? 実際に事件をあなたが起こしたんです。輪ゴムを飛ばすのは危ないんです。謝れとは言いません。二度とやらないと誓いなさい。次に同じことをしていたら、教師生命をかけてでもあなたの未来を壊します」
気圧されてしどろもどろになる相川と、まるでラスボスのような風格の橘。
「もうやんねーよサイコババア」
相川がぼそっと呟いた。それを確認した橘は周囲にいた男子を静かに威圧する。
「あなたたちも、何かが違っていたら事件を起こしていたのは自分かもしれないと自覚しなさい。これに懲りたら、迷惑行為はやめなさい」
男子たちはお互いに顔を見合わせると持っていた輪ゴムを一斉にポケットにしまった。橘は憑き物が落ちたかのような穏やかな顔をして教室を出ていった。
橘の行動原理はわからない。あそこで私の名前を出されたら少し気まずい。そもそも私は橘が嫌いだ。でも、橘が守ってくれなかったら私の顔に輪ゴムが当たっていたのは事実なわけで、顔に傷でも残ったら私の夢は終わっていたわけで。
私は橘が嫌いだ。でも、清く正しく美しく生きたい。私は教室を出て橘を追いかけた。
「あのっ」
橘を呼び止める。先生なんて呼びたくない。杏樹様とはもっと呼びたくない。
「ありがとうございました」
お礼を言うのは今日のこの件に関してだけだ。
「私が教室にいないときに事が起こったらどうするつもりだったんですか? 一歩間違えたら怪我をしかねない教室に意味もなく居座るなんてリスク管理ができていませんね。少しは浅沼さんたちを見習ったらどうですか」
そういえば蘭をはじめとする一軍女子は誰も教室にいない。それは間違いなく橘が教室にいるからだと思っていたけれど、言われてみればいないメンバーはアイドルやYouTuberなど顔が大事な職業を目指している子が多いような気がする。
橘は嫌いだ。でも、今回の発言は橘が正しいし、今日ばかりは恩人だ。だから口答えせずに教室に戻った。男子は橘の悪口で盛り上がっていたが、もう誰も輪ゴムを飛ばしていなかった。
「先生かっこよかったね。いいなー、守ってもらえた遥が羨ましい」
席に戻ると花が小さな声で先生語りを始める。
「私被害者なのに叱られたんだけど。輪ゴム飛び交ってる教室にいる方にも問題あるって」
「あはは、先生らしいねー。もしかして、蘭たち追い出したのもわざとなのかな? ほら、今結構声優さんも顔大事じゃん? 蘭が怪我しないように、蘭の近くの席にわざわざ来てさ。席替えもわざとだったのかもね。相川君と席離してあげたり、あー、いいな。蘭たちが羨ましい」
言われてみれば席替えのタイミングはできすぎている。私を含めた顔に傷が残ったら困る組は廊下側、相川たちは窓側と席が離れていて。
橘の定位置が私の席のすぐそばだったのは、それでも万が一が起こったときに私の顔を守れるように。さすがに考えすぎかもしれない。
しかし、事実として翌日以降輪ゴム飛ばしは行われなくなり、橘は教室に来なくなった。
「森、爆睡かよ。起きろよ、レイドやろうぜ」
休み時間に居眠りをしている森を相川が起こしてゲームに誘うのも見慣れた光景だが、ついにホームルームの最中にもやりだした。最近は輪ゴムを飛ばして背中に当てて起こしている。
「いってーな」
そう言って森がやり返すのもお決まりの展開だ。
「輪ゴムを飛ばすのは危ないからやめなさい。教室はあなたたちだけのものではありません」
橘に注意されてもどこ吹く風だった。その後も飛ばしあう二人のもとに橘が歩いていく。橘は落ちている輪ゴムを拾うとポケットの中に入れた。
「やめないのなら没収します」
「は? 窃盗かよコネババじゃなくてネコババだな」
「PTAに言いつけるぞ」
当然のように相川たちは突っかかった。
「どうぞ。言いたければ言えばいいでしょう。本当に、人の迷惑も顧みず幼稚園児のように輪ゴムを飛ばしていたら没収されましたなんてお家の方に言えますか?」
言っていることは明らかに橘が正しいが、いかんせん煽るような口調だから相川たちのヘイトもたまる一方だ。
「チッ、コネババネコババヒスババア」
結局その場の輪ゴム飛ばしは強制終了となり、その日は席替えをして解散になった。席の決め方がくじでも自由でもなく橘に勝手に決められたことに何人かが激怒していたが、橘は気にも留めなかった。
席替えの件とは関係なく、翌日以降の休み時間も彼らは輪ゴム飛ばしをやめなかった。
「幼稚ですね。恥ずかしくないのですか?」
窓側最前列の隣同士で輪ゴムを飛ばしあう二人を見下したように橘が言った。橘はなぜか休み時間教室に来るようになった。自分の授業があるときは五分前に音楽室に帰るけれども、そうでなければギリギリまで教室にいる。
問題は橘の定位置が私や浅沼蘭の席のすぐそばだということだ。
「浅沼さん、少しは勉強したらどうですか?」
橘が友達としゃべっていた蘭に絡み始めた。
「は? 休み時間に何をしようが私の勝手でしょ? てか、私声優志望だし」
「そうですか。でしたら、休み時間もそのタブレットでアニメを見るくらいの気概を見せてほしい物ですね。イヤホンを忘れたなら貸しますよ」
「なんなのこいつ! いちいちキモイんだけど!」
蘭一派は怒って教室を出ていった。教室の空気はどんどん悪くなり、休み時間は教室を出る人が日に日に増えていった。
私は橘に絡まれたくなかったので大人しく勉強することにした。大学受験をする気はさらさらなかったけれど、期末試験で赤点をとると面倒なことになるので試験勉強くらいしても罰は当たらない。
花はなぜかわざわざ私の席まで来て一緒に勉強するようになった。たぶん花は橘のことが好きだからだと思う。帰り道やラインで「橘先生って綺麗だよね」とか「かっこいいよね」とか言ってくるのにはもう慣れた。
顔と声が綺麗なことには同意するが、それだけだ。はっきり言って橘を好きになるのは女の趣味が悪すぎる。外見が好みなら誰でもいいのか。花に人を見る目がなかったと知り、かなりショックだ。
居心地が最悪に悪い空間から逃げるために、教科書を読み続ける。男子の間では輪ゴム飛ばしが流行って盛り上がっているようだが、教室に残っている女子は完全にお通夜状態だ。
一息ついて顔をあげて教室を見回す。だいぶ教室の人数が減っている気がする。全部橘が悪い。
「うわっ、やべっ!」
相川が輪ゴムのコントロールをミスしたようだ。輪ゴムがこちらに飛んでくる。しかし、あまりにも一瞬のことで体が動かず私は目を閉じることしかできなかった。ガタンと机が動く音とパチンという何かに輪ゴムが当たる音がした。
目を開けると、目の前に橘が立ちふさがっていた。視線の先では相川たちが気まずそうにしている。
橘が私を庇った。にわかに信じがたかった。私は橘に対して反抗的だったし、休み時間もわざわざ監視されているから。
橘はつかつかと相川のもとへと歩いていく。
「相川君、右手を出しなさい」
有無を言わせない迫力で橘が言う。
「は、手が何?」
予想外のことを言われた相川は言われるがままに右手を差し出した。橘は相川の手首をつかむと再びすごんだ。
「ボールを投げる大事な手ですよね。これから甲子園に行って、プロになって……夢を掴むための手ですよね。週末は試合でしたね。今、私がこの指を折ったらどう思いますか?」
遠くで離れてみているだけの私でも怖いと感じた。その狂気が演技なのか素なのかはわからないが、向けられた相川はたまったものではないだろう。心底慌てた様子で橘の腕を振り払って後ずさった。
「は? ババア頭おかしいんじゃねえの? 輪ゴム、顔じゃなくて腹に当たっただけだろ! てか、女に指おられるほどやわじゃねーし」
相川は体を鍛えている。女性が指を折るのは至難の業だろう。
「そうですね。でも、刃物を使ったらどうなりますか? 刺し違えてでも殺すと覚悟した人間相手に無傷でいる自信はありますか?」
それが恐怖に起因するものかわからないが、相川は顔をこわばらせ、右手を背中に隠した。
「コネでしか就職できない行き遅れババア。いつもあなたが私に言っていることですよ。人生が既にめちゃくちゃになっている無敵の人の捨て身ほど怖い物はありませんよ」
「意味わかんね、何で輪ゴム当てただけで刺されたり指おられたりしなきゃいけねえんだよ」
相川の声には動揺の色がまじっていた。
「私が間に入らなかったら、渡会さんの顔に当たっていました。渡会さんの顔に傷が残ったら、どう責任をとるつもりだったんですか?」
橘の発言には驚いた。なぜ橘が私のためにここまで怒るかの心当たりがなかった。
「いや、渡会には当たらなかったし」
「それは結果論です。私が見張っていなかったら、当たっていた。顔に傷が残ったら致命的な職業目指している人もいるんです。目に当たって視力が落ちたらつけなくなる職業だってあります。あなたの軽率な行動一つで、一人の人生の選択肢を奪っていたかもしれない。あなたがしたのはそういうことです」
「いや、おかしいだろ。大体俺以外にもやってたやついるのになんで俺だけこんな言われなきゃいけねえの」
「論点をずらさないでください。あなたが飛ばした凶器が、渡会さんの顔に傷を残したかもしれない。今はそのことについて話しているんです」
橘は私が宝塚に入れるわけがないと思っている。顔に傷ができようとできまいと。なのに、どうして。
「くだらない悪ふざけで人の夢を踏みにじれる人間に、夢を追いかける資格はありません。右手を出しなさい」
「いや、意味わかんねえって。ほんと、おかしいよお前」
「わからなくて結構。自分のしたことの意味も分からないなら、大人しくしていなさい。いいですか? 実際に事件をあなたが起こしたんです。輪ゴムを飛ばすのは危ないんです。謝れとは言いません。二度とやらないと誓いなさい。次に同じことをしていたら、教師生命をかけてでもあなたの未来を壊します」
気圧されてしどろもどろになる相川と、まるでラスボスのような風格の橘。
「もうやんねーよサイコババア」
相川がぼそっと呟いた。それを確認した橘は周囲にいた男子を静かに威圧する。
「あなたたちも、何かが違っていたら事件を起こしていたのは自分かもしれないと自覚しなさい。これに懲りたら、迷惑行為はやめなさい」
男子たちはお互いに顔を見合わせると持っていた輪ゴムを一斉にポケットにしまった。橘は憑き物が落ちたかのような穏やかな顔をして教室を出ていった。
橘の行動原理はわからない。あそこで私の名前を出されたら少し気まずい。そもそも私は橘が嫌いだ。でも、橘が守ってくれなかったら私の顔に輪ゴムが当たっていたのは事実なわけで、顔に傷でも残ったら私の夢は終わっていたわけで。
私は橘が嫌いだ。でも、清く正しく美しく生きたい。私は教室を出て橘を追いかけた。
「あのっ」
橘を呼び止める。先生なんて呼びたくない。杏樹様とはもっと呼びたくない。
「ありがとうございました」
お礼を言うのは今日のこの件に関してだけだ。
「私が教室にいないときに事が起こったらどうするつもりだったんですか? 一歩間違えたら怪我をしかねない教室に意味もなく居座るなんてリスク管理ができていませんね。少しは浅沼さんたちを見習ったらどうですか」
そういえば蘭をはじめとする一軍女子は誰も教室にいない。それは間違いなく橘が教室にいるからだと思っていたけれど、言われてみればいないメンバーはアイドルやYouTuberなど顔が大事な職業を目指している子が多いような気がする。
橘は嫌いだ。でも、今回の発言は橘が正しいし、今日ばかりは恩人だ。だから口答えせずに教室に戻った。男子は橘の悪口で盛り上がっていたが、もう誰も輪ゴムを飛ばしていなかった。
「先生かっこよかったね。いいなー、守ってもらえた遥が羨ましい」
席に戻ると花が小さな声で先生語りを始める。
「私被害者なのに叱られたんだけど。輪ゴム飛び交ってる教室にいる方にも問題あるって」
「あはは、先生らしいねー。もしかして、蘭たち追い出したのもわざとなのかな? ほら、今結構声優さんも顔大事じゃん? 蘭が怪我しないように、蘭の近くの席にわざわざ来てさ。席替えもわざとだったのかもね。相川君と席離してあげたり、あー、いいな。蘭たちが羨ましい」
言われてみれば席替えのタイミングはできすぎている。私を含めた顔に傷が残ったら困る組は廊下側、相川たちは窓側と席が離れていて。
橘の定位置が私の席のすぐそばだったのは、それでも万が一が起こったときに私の顔を守れるように。さすがに考えすぎかもしれない。
しかし、事実として翌日以降輪ゴム飛ばしは行われなくなり、橘は教室に来なくなった。



