「わたくしは、必要とされていませんもの。……婚約者からも、家族からも……」

 そう言って悲しく微笑む彼女を慰める方法は、果たしてあれでよかったのだろうか。
 時を経ても、未だ思うことがある。

 それでも……。

「俺には君を……苦しみから解放する(すべ)がある」
「わたくしを……解放してくださるのですか……?」
「当然だ。君はこの国で唯一の、俺の…………友人だから」

 例え時が巻き戻ったとしても、俺は君を救うために同じ選択をしただろう。

●〇●

「フォーリア・クウィンクェ! 私はお前との婚約を破棄し、新たにダリア・クウィンクェと婚約を結ぶことを宣言する!」
「殿下、理由をお聞かせください……」

 華々しい雰囲気を演出していたパーティ会場で、その場に不相応なほど剣呑な雰囲気を晒した集団がいる。

 婚約破棄をつけつけられたフォーリア・クウィンクェ公爵令嬢が、蒼く澄んだ瞳に動揺を浮かべながらも、気丈に振る舞おうとしている。
 彼女と対峙しているのが、婚約破棄を高らかに宣言したガリス・シリンガ。この国の第一王子で王太子だ。

 この場は、年を同じくした二人も通う学園の卒業パーティー……のはずだった。それを王太子とあろうものの手によって、場を乱されてしまった。幸福に満ちた祝いの気分を皆の内から吹き飛ばしてしまったことを悪びれもせず、王太子は堂々とした態度で元婚約者となるクウィンクェ公爵令嬢を見下している。

 王太子の彼の後ろには、庇護欲を誘う可愛らしい少女が隠れている。そして王太子……いや、厳密には少女に味方するように、数人の少年が近くで控えていた。彼らは王太子の側近たちだが、その様子は少女を守る騎士のようだ。

「理由は聞かずとも、分かるだろう?」

――ああ、明らかだ。クウィンクェ公爵令嬢と婚約しているにも関わらず、殿下が後ろにいる女と不義を働いている、ということが……。

 ……などと茶化すことが出来たら、どんなに良かっただろうか。そんなことを口にすれば、王太子に逆上されるに違いない。
 そうなれば渦中にいるクウィンクェ公爵令嬢がより辛い追いやられるであろうことから、災いとなる口を噤むしかない。いまはまだ……歯がゆいが、俺が口を出すべきタイミングではないのだから。

「わたくしには思い当たることなど、ございません……」

 震えるクウィンクェ公爵令嬢のそばには、誰もいない。誰の目から見ても明らかに孤立しているが、誰も彼女に寄り添おうとはしなかった。
 王太子妃となる彼女を蹴落としたい女性の多くは、意地悪そうに薄ら笑みを浮かべている。だがそうではない人物たちも、遠巻きに様子を見ているだけだ。
 クウィンクェ公爵令嬢に味方がいない理由。それは、彼女に関する悪意のある噂のせいだろう。

「嘘だ! お前はダリアを虐げていただろう!」
「そうです! 私はずっとお義姉様にいじめられていました! 私は妾の子だからって、いつもいつも……頑張って耐えてきたんです!」
「そんなことは……」
「でも、私……これ以上耐えられません!」

 王太子の後ろで瞳を潤ませながら健気そうに訴えかける少女は、婚約破棄を宣言されたフォーリア・クウィンクェ公爵令嬢の腹違いの義妹にあたる。名をダリア・クウィンクェ。
 フォーリア嬢の母亡き後、クウィンクェ公爵の後妻としてやってきた連れ子だが……クウィンクェ公爵とは血がつながっているらしい。それも、フォーリア嬢とはひとつしか歳が違わない。つまりダリアは、妾の子だった。

「証拠と証言も残っています」

 義妹の涙声に感化されたように、王太子の側近のひとりが書類を手に同意する。果たしてその証言は、どの程度信憑性があるものなのだろうか。

「民を導くべき王太子妃となる者が、粗暴にふるまうなどもってのほかだ! お前こそ、私の婚約者に相応しくない! よって、私はフォーリアとの婚約を破棄し、貴様を国外追放とする!」
「……承知いたしました」
「公爵からの許可も得ている。即刻、退去しろ!」

 王太子からの宣告を受けたフォーリア嬢の表情が翳ったのは一瞬のこと。彼女はすぐに切なげに微笑み、一礼する。

 誰もが近づくことを恐れるその場に、俺は足を踏み出した。

『彼は……シスアータ・ベリディリウム……? 隣国からの留学生だわ』
『あいつも卒業生だったか。ってことはこの騒ぎが終われば隣国に戻るのか』
『後腐れないから修羅場に入っていけるのね……』

 シスアータ・ベリディリウム。それが俺の名前だ。
 俺の母国……すなわちこの国から見ると隣国となる、魔術学園を飛び級で卒業した宮廷魔術師……なのだが、大陸随一の収蔵数を誇る国営図書館があるこの国に留学生としてやってきた。
 基本的に国営図書館は自国民しか利用できないのだが、特例として留学生であれば閲覧の権限が与えられるからだ。
 目的はこの国特有の魔術に関する本で、当初の目的は果たしている。
 パーティーへ出席せず、すぐにでも出立しても構わないのだが……。俺にはこの国を離れる前に、やらなければならないことがあった。それは義務感や責任感から来るものではない。

「なんだ、貴様は」
「隣国からの留学生です。王太子殿下。発言をお許しください」
「申せ」
「私に提案がございます。彼女から、殿下に関する記憶を消去しては如何でしょう?」
「どういうことだ?」
「フォーリア嬢の処遇がどうあれ、今後のお二人へ彼女が二度と手を出さないとも限らないでしょう」

 俺の言うことを疑いもせずに、王太子は頷いた。

「ならば、彼女の内から殿下の記憶を切り離してしまえば良いのです。そうすることで、彼女はお二人へ悪意を抱くこともなくなり、将来においての憂いもなくなるでしょう」
「お前にそれが出来ると?」
「はい。被験者の同意を得た上で任意の記憶を切り離し、実体化させる魔術を開発いたしました」
「ふむ。その魔術でフォーリアの記憶を切り離そうと言うのだな?」
「仰る通りでございます。フォーリア嬢から切り離す記憶は、『殿下に関する記憶のすべて』……。恐らく王妃教育なども一切切り離されるでしょう。如何なさいますか?」
「構わん、やれ」
「そう言うことですが、フォーリア嬢……宜しいでしょうか? これは、貴女が心から受け入れなければ、施すことが出来ません」
「受け入れます。殿下のお心を繋ぎ止めることが出来なかった私には、殿下をお慕いしていた記憶は重すぎますもの……。それに……」

 何かを言いかけて口を閉ざしたフォーリア嬢は、俺に向かって儚く微笑んだ。

「どうか、お願いいたします」
「それでは、フォーリア嬢。両手を組み、殿下との日々を思い出して……失礼、手に触れます」

 俺が彼女の手に触れた一瞬、彼女の瞼が煌めいた気がした。

『美しき想いの咲く頃に、記憶の花もまた咲き誇る』

 呪いを唱えると、彼女が組んだ手の前に、美しい一輪の花が現れた。

 それは、王太子の髪と同じ色の、淡く美しい一輪の花。
 彼女が慕っていた対象への思いが、この儚くも美しい花に、憎らし気に宿っている。

「宜しいですか? こちらの花は、彼女が持つ殿下に関する記憶のすべてです」

 ああ、そうだ。憎らしい。
 彼女が慕う、この国の王太子が……。
 婚約を交わしていた彼女を、無下に扱う男が……。
 今にも引きちぎってしまいたいほど憎いのに、彼女の思いは煌めくほどに美しく咲き誇る。
 だからこそ、余計に苛立ちを感じてしまうが、この花はむやみに手折って良いものではない。

「これを彼女に戻せば、彼女に記憶が戻ります。ですが、散らしてしまえば記憶は元に戻ることはありません」

 この美しい花を手折れる愚か者は、ただ一人。

「散ってしまった花は、二度と元に戻らないのですから」

 さあ。

「良く、お考え下さい」

 お前の手で彼女の思いを無残に引き裂いて、後悔に浸るがいい。

「彼女から殿下の記憶を失くして良いと判断出来ましたら、殿下のお好きなようになさってください。すでに彼女は、殿下との記憶を放棄しております」
「問われるまでもない! こんなもの! 私にはいらぬ!」

 そう言った王太子が、手で花をぐしゃりと潰す。

『殿下、お初にお目にかかります。フォーリアと申しますわ』

 開いた手から花びらがはらりと零れ落ちた瞬間、花から大量の情報が溢れだした。

『ガリス・シリンガ。第一王子だ』
『これから婚約者として、殿下を支えて参ります』

 幼少のフォーリア嬢が王太子に向かい美しいカーテシーを披露する幻影が、花を通してこの場に映し出される。
 きっと、彼女と王太子の出会いはここから始まったのだろう。

「な、なによこれ!?」
「こ、これは……フォーリアと出会ったときの……?」
「これは、フォーリア嬢が体験した、王太子殿下に関わる過去の光景です」

 フォーリア嬢を糾弾した二人だけでなく、パーティー会場にいる全員が光景を見てざわめき始める。

『殿下……わたくし、殿下をお支え出来るように、励んでまいります』
『お誕生日の贈り物はどうしましょう。殿下はどのようなお花がお好きかしら?』

 幼い頃のフォーリア嬢は、真っ直ぐとしたキラキラと輝く瞳を持つ少女だった。
 しかし、実母が亡くなり、後妻とともに義妹ダリアがやってきたことで、その輝きが翳ることになる。
 元々父親から辛く当たられていたフォーリア嬢だが、突如現れた腹違いの妹たちによって、家での居場所を徹底的に奪われた。

『お義姉様、このリボン素敵ね! ちょうだい!』
『でもそれは、ガリス殿下からの初めての贈り物で……』
『ガリス様からの贈り物なら、私ももらっていいでしょ? 私だって家族だもの!』
『それ……は……』
『もちろん、良いわよね! ふふ、お義姉様ありがとう! あら、このアクセサリーも素敵! 貰っていくわね!』

 義妹ダリアがフォーリア嬢に対して行った虐めまでもが次々と再生されていき、ダリアが唖然とした表情をしている。
 その隣では王太子も目を白黒させていた。

「な、なっ……なんで、この時の光景まで……!? ガリス様は関係ない……あっ、リボン!?」
「ダリア!? なんだこれは! フォーリアから虐められていたんじゃないのか? これじゃあまるで……逆じゃないか……!?」

 記憶の再生を終えた美しい花弁は、星屑のように光を放って消えて行く。
 それは、想いの花を育んだ彼女自身と、愚かな王太子が、強く望んだこと。
 俺も望んで提案したことではあるが、彼女の経験が詰め込まれた欠片たちが泡沫へと消えて行く光景に、胸が痛んだ。

 その時、俺の目に一つの欠片が映り込む。

『悲しいなら、泣けばいい』

 ――そうだ。
 この尊い記憶も、皮肉なことに王太子が少なからず関係している。

 彼女の記憶を消すことを決意したはずだというのに、いざ過去を顧みると未練を感じてしまい……。

 思わず、その一片に触れた。

『悲しいなら、泣けばいい。なのになぜ、君は泣かない?』

 図書館の裏側にあるひと気の少ない庭園の片隅で、彼女の義妹と王太子が密会していた。
 その時の俺は学園の図書館で読書をしていたのだが、近くの窓が開いていたらしい。
 密会場所から聞こえる雑音によって、集中力を乱されてしまった。
 苛立ちを感じながらも窓を閉めようと立ち上がったとき……図書館の窓辺でひっそりと彼らを観察している令嬢を見つけた。

 それが、フォーリア・クウィンクェ公爵令嬢だ。

 コップになみなみと注いだ水のように、ひとつ揺らぎを与えでもしたら感情を零してしまいそうなほど切ない表情で、彼女は婚約者たちの不義の現場を見つめていた。
 噂では冷徹だの非情だの、義妹を虐げているだの、悪女としての名を欲しいままにしている彼女だったが……。
 俺が目の当たりにしたのは、噂と同一人物とは思えないほど……脆弱に見えた。

 きっとこのとき、フォーリア嬢は感情を抑えていたのだろう。
 しかし、俺はそんなことなど露知らずに、何故泣かないのかと無神経な問いかけをしてしまった。
 彼女に対して、興味が沸いてきたんだ。

『泣いても何も解決しませんもの』

 そっと振り返った彼女が切なく微笑む。

 窓に近寄って庭園を眺めると、図書館からは秘密の恋人の逢瀬がよく観察できた。

『あの令嬢は泣き落としで解決させているようだが?』

 将来王太子妃となる、公爵令嬢。
 隣国から留学にやってきた、魔術師。
 いずれも噂話の筆頭だ。
 ……そういう意味では、初対面ではあったものの、互いに存在は認識していた。

『ガリス様、聞いてください! 今朝もまた、お義姉様が私を階段から突き落とそうとしたんですよ! あの時、本当に落ちてたらと思うと、私怖くて……』
『フォーリアめ! 未来の王太子妃の権力を傘に着て、どれだけ好き勝手する気だ!』
『それだけじゃないんです! お父様からもらった大事なペンダントを奪われてしまって……』

 ……と言うような会話が延々と続いている。
 本人がおらず否定できない場所での聞くに堪えない悪口に苛立ちを募らせた俺は、窓を思いっきり閉じた。

『……君はそんなことしたのか?』
『ふふ……』

 問いかけに対して返ってきたのは、自嘲するような笑みだった。

『何か、おかしいことでも?』
『いえ。ほぼ初対面の方が問いかけてくださるのに、婚約者は私がいじめたと決めつけるのです。それが不思議に思いまして』
『おかしくはない。至極当然の疑問だろう?』
『皆様方は、そう思ってはいらっしゃらないようですのよ』

 ああ、そうか。皆、フォーリア嬢を上辺や噂だけで判断しているのか。
 だから彼女は、冷徹だの悪女だのと呼ばれているのだろう。

『ベリディリウム様は不思議ですわね』
『そうか?』
『初対面ですのに、そうとは思えないほどお話しやすいのです』
『それは……』

 俺が君に興味を持ったように、もしかしたら君も……。

『それは?』

 不思議そうに首を傾げるフォーリア嬢に、俺は口を詰むんだ。

『いや、なんでもない』

 その時は、そう口にすることは憚られた。

 それからと言うもの、俺はフォーリア嬢と図書館で出会うことになる。

 庭園の密会を悲しそうに眺める彼女が気の毒で、俺は手品じみた魔術を見せることで、彼女の心を慰めていた。
 魔術で作る花、幻影、様々なものを見せるたびに、彼女の目がキラキラと輝きを伴う。
 いつもは儚げな彼女の瞳が輝く光景に、俺はいつの間にか魅せられてしまっていたらしい。
 気付けば、フォーリア嬢が切なげに王太子を見つめるあの眼差しを、俺だけに向けて欲しいと切に願うようになっていた。

 ある日、俺は彼女に提案をした。

『俺には君を……苦しみから解放する(すべ)がある』

 王太子に関する記憶を消してしまえば良い、俺は彼女にそう告げた。

『わたくしを……解放してくださるのですか……?』

 花びらの幻影から聞こえた彼女の声によって、俺は我に返る。

 ダメだ。彼女を解放しなければ。
 どんなに彼女を思っていても、あの男に関する記憶を一欠けらも留めておくことはできない。
 そんなことをすれば、せっかく消したはずの記憶の花が、何かのきっかけで復活する可能性があるのだから。

 だから俺は、花びらから手を放した。

()()()()も、消さなければいけませんもの……』

 最後の花びらが、彼女の切ない声と共に砕け散り……。
 彼女に辛い境遇を強いて来た悲しい思い出と共に、君と俺の儚い想い出までも波にさらわれるように……。

 すべて、跡形もなく消えてしまった。

 後に残されたのは、フォーリア嬢の過去を見たことで始まった王太子とダリアの口論や、その光景を見させられた観衆たちの噂話。

 そして、記憶の花びらが散っている最中は瞬き一つしなかったフォーリア嬢が、術が完了したことでようやく意識を取り戻した。

「あ、あら……? わたくし……」
「大丈夫ですか? ご令嬢」

 よろめく彼女を支えると、彼女は恥ずかしそうにお礼を述べた。

「あ、有難うございます。あ、あの……お名前を伺ってもよろしいですか?」

 無事に、記憶の除去が成功したようだ。

 ならば……始めよう。
 君と俺の出会いを、最初から……。

「シスアータ・ベリディリウムと申します。わけあって今はこの国に留学していますが、隣国の宮廷魔術師を務めています」
「クウィンクェ公爵の娘、フォーリアですわ」
「フォーリア嬢とお呼びしても?」
「は、はい! わ、わたくしも……シスアータ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」

 以前の彼女とは、自己紹介をすることはなかった。
 だから、本当の本当に彼女との初めましてとなる挨拶に、心が躍る。

「隣国の宮廷魔術師!?」
「そういえば、最年少で宮廷魔術師になったやつが隣国にいるって噂があったが、あいつのことだったのか!」
「なんでそんな奴がこの国に……」

 騒めく外野を無視し、俺は彼女に手を差し伸べた。

「フォーリア嬢。突然ですが、私と一緒に隣国へ行きませんか?」
「で、でもお父様の許可を頂かないと……」
「フォーリア嬢が国外に出ることは、王太子やお父上も許可しておりますよ」

 目を丸くしていたフォーリア嬢だが、すぐにキラキラとした輝く眼差しを俺に向けてくれた。

「本当ですか!」
「ええ」

 何しろ、王太子直々に国外追放を告げられたのだから。

「ずっと、隣国に行ってみたかったのです。素敵な魔術があると聞いて、一度見てみたくて……!」
「フォーリア嬢が望むなら、いくらでも見せてあげられますよ。では出発しましょう」
「きゃっ」

 俺は彼女を抱き上げると、観衆に向かって微笑んだ。

「では。婚約破棄からの国外追放ということで、フォーリア嬢は遠慮なく頂きます。留学期間中、大変お世話になりました」
「ま、待て!」

 魔術を使う俺たちに向かって、王太子が手を伸ばすが時はすでに遅く……。

 次の瞬間には、俺たちの姿は隣国にあった。

「瞬間移動ですのね! すごいですわ……!」
「さあ、フォーリア嬢。観光したいところはありますか?」
「シスアータ様。わたくし、観光よりも重要なお願いがあるのです」
「なんでしょうか?」

 ずっと儚い表情を続けていた彼女が、どこか拗ねた様子を見せる。初めて見る彼女の表情に、俺は嬉しくなった。

「もう少し砕けた口調でお話してくださいますか?」
「え?」
「出会ったばかりでこういうのもおかしな話なのですが……()()()()……と思ってしまって……。変……ですよね?」

 恥ずかしそうに語るフォーリア嬢に向かって、俺は顔を綻ばせる。

「ちっともおかしくない。俺も、慣れないなって思ったんだ」

 そう答える俺に、彼女も笑顔を咲かせてくれた。

「そう思ったってことは、俺たちの出会いは、運命なのかもしれないな」

 俺は彼女に、本当の出会いを思い出すことを望んではいけない。

 だからこそ、散らしてしまった記憶の花の分まで、新たな記憶の花を……幸福で満たして咲かせよう。

● フォーリアside(前日譚) ●

 卒業パーティーの日まであと僅か。
 パーティーの当日に、王太子殿下は私との婚約破棄を宣告するらしい。
 図書室で途方に暮れる私に、シスアータ様が語り掛けた。

「俺には君を……苦しみから解放する術がある」
「わたくしを……解放してくださるのですか……?」
「当然だ。君はこの国で唯一の、俺の…………友人だから」
「ありがとう……ございます」

 友人。そう、ベリディリウム様はただの友人。
 なのに、胸がツキリと痛むのは何故かしら。

「今まで……辛かったな」
「……そう、ですね」

 あなたと絆を深めていくうちに、いつの間にか婚約者に対する悲しみは消えていて……。
 代わりに押し寄せるのは、いつか帰国するあなたへの恋慕。
 募る思いを堪える方が、余程辛くなってしまっていた。
 わたくしも、婚約者や義妹とそう変わらなかったのですね。

「この思いも、消さなければいけませんもの……」

 だから、手折ってください。
 新しく芽生えてしまった、叶わぬ恋心ごと……。

 けれども願わくば……。

 また、あなたに、恋い焦がれることが出来ますように。

〜了〜