生物の授業が終わった後の昼休み。
禎一は昼食を食べる間もなく、空き教室に佇んでいた。
「お前さ、なんでさっき俺のお願いを躊躇ったの?」
窓の桟に行儀悪く腰かけた鈴木が、苛立たし気に見下してくる。
「俺さ、マジでスッゲー傷ついたんだわ。おかげでさっきの生物の授業、半分以上聞き損ねたんだけど。どうしてくれんの?」
「ほんとほんと。隆平可哀そうだったなー。後半からずっと机に突っ伏して泣いてたもんな」
「これで大事な個所聞き逃して成績落ちて大学行けなくなったらさー、お前どう責任とるんだよ。なあ?」
泣き真似をする鈴木の言葉に呼応して、井上将人が大仰に彼を慰め、安藤大樹は禎一の肩に乱暴に手を置いた。
そんなの知るか。ただ寝てただけだろう。
そう強く言えたらどれだけ良かったことか。
でも、意思に反して禎一の口はきつく結ばれたままだ。小さく震えるばかりで、肝心の声は出てこない。出てきてくれない。
鈴木はそうした禎一の反応によりイラついたらしく、近くにあった椅子を荒々しく蹴飛ばした。
「あーあ。謝ってくれたら許してやろうかと思ったけど、気が変わったわ。お前さ、今日中に漆原に告白してこい」
「ぇ……?」
そこで初めて、禎一の口から音が出た。それは掠れた、乾き切った声ともつかない音だった。
「聞こえなかったのか? 今日中に担任の漆原恭二に告白してこいって言ったんだよ。お前、年上お兄ちゃん系の男大好きだろ?」
鈴木の口の端が吊り上がる。井上と安藤は堪え切れずに下世話な笑い声を響かせた。
「そりゃナイスアイデア! 漆原って確かにそんな雰囲気してるもんな!」
「つーかさ、もしかしたら既に特攻して玉砕してるかもよ? こいつ、男も女も年上も年下もなんでも行ける口みたいだし!」
どこまでも悪意に満ちた声が、禎一の心を抉っていく。両脇で騒ぐ井上と安藤を、鈴木はへらへらと笑って宥める。
「まあまあ、そう言ってやるなよ。いまどき性的マイノリティなんて珍しくもなんともないじゃん。そして俺らはそれを理解した上で背中を押してるだけなんだ」
ひょいと身軽な所作で窓の桟から跳び降りると、俯く禎一の顔を覗き込んだ。
「だから、別に断ってもいいんだぜ?」
殊更に優しい、声だけ聞けば親身な言い方だった。
どの口が言っているのか。
禎一は下唇を噛んだ。
わかっている。コイツはスマホの録音や偶然第三者に聞かれた時の対策で、わざとこういう言い方をしているのだ。あくまでも自分たちは友達で、これは禎一のコンプレックスを知られないために空き教室で話していて、この提案も禎一の性的指向、恋愛指向を慮ってのことなのだと、そういう体で話しているのだ。
もちろん、断ればそれ相応の「遊び」や「お願い」、客観的には誰がしたのかわからない「イタズラ」をされることは間違いない。
「で? どうすんの?」
再び、苛立ちを帯びた声が飛んできた。
禎一は、頷くほかなかった。
禎一は昼食を食べる間もなく、空き教室に佇んでいた。
「お前さ、なんでさっき俺のお願いを躊躇ったの?」
窓の桟に行儀悪く腰かけた鈴木が、苛立たし気に見下してくる。
「俺さ、マジでスッゲー傷ついたんだわ。おかげでさっきの生物の授業、半分以上聞き損ねたんだけど。どうしてくれんの?」
「ほんとほんと。隆平可哀そうだったなー。後半からずっと机に突っ伏して泣いてたもんな」
「これで大事な個所聞き逃して成績落ちて大学行けなくなったらさー、お前どう責任とるんだよ。なあ?」
泣き真似をする鈴木の言葉に呼応して、井上将人が大仰に彼を慰め、安藤大樹は禎一の肩に乱暴に手を置いた。
そんなの知るか。ただ寝てただけだろう。
そう強く言えたらどれだけ良かったことか。
でも、意思に反して禎一の口はきつく結ばれたままだ。小さく震えるばかりで、肝心の声は出てこない。出てきてくれない。
鈴木はそうした禎一の反応によりイラついたらしく、近くにあった椅子を荒々しく蹴飛ばした。
「あーあ。謝ってくれたら許してやろうかと思ったけど、気が変わったわ。お前さ、今日中に漆原に告白してこい」
「ぇ……?」
そこで初めて、禎一の口から音が出た。それは掠れた、乾き切った声ともつかない音だった。
「聞こえなかったのか? 今日中に担任の漆原恭二に告白してこいって言ったんだよ。お前、年上お兄ちゃん系の男大好きだろ?」
鈴木の口の端が吊り上がる。井上と安藤は堪え切れずに下世話な笑い声を響かせた。
「そりゃナイスアイデア! 漆原って確かにそんな雰囲気してるもんな!」
「つーかさ、もしかしたら既に特攻して玉砕してるかもよ? こいつ、男も女も年上も年下もなんでも行ける口みたいだし!」
どこまでも悪意に満ちた声が、禎一の心を抉っていく。両脇で騒ぐ井上と安藤を、鈴木はへらへらと笑って宥める。
「まあまあ、そう言ってやるなよ。いまどき性的マイノリティなんて珍しくもなんともないじゃん。そして俺らはそれを理解した上で背中を押してるだけなんだ」
ひょいと身軽な所作で窓の桟から跳び降りると、俯く禎一の顔を覗き込んだ。
「だから、別に断ってもいいんだぜ?」
殊更に優しい、声だけ聞けば親身な言い方だった。
どの口が言っているのか。
禎一は下唇を噛んだ。
わかっている。コイツはスマホの録音や偶然第三者に聞かれた時の対策で、わざとこういう言い方をしているのだ。あくまでも自分たちは友達で、これは禎一のコンプレックスを知られないために空き教室で話していて、この提案も禎一の性的指向、恋愛指向を慮ってのことなのだと、そういう体で話しているのだ。
もちろん、断ればそれ相応の「遊び」や「お願い」、客観的には誰がしたのかわからない「イタズラ」をされることは間違いない。
「で? どうすんの?」
再び、苛立ちを帯びた声が飛んできた。
禎一は、頷くほかなかった。



