久しぶりに話した会話は「雨の日は嫌い」という話だったと思う。
 何気に帰りが一緒になって、突然の雨の中、傘を持っていなかった俺に傘を貸してくれた美華。
「一緒に入っていかない? どうせ同じ方向でしょ」
 それを嬉しく思う気持ちと、恥ずかしい気持ちと、他人に知られたくないという羞恥心と一抹のプライドが覚を一瞬にして襲う。小学生の頃は普通に接していたのに、いつのまにか話すだけでダメな境界線を世間が引いていたようにも思えた。中学になると、会話する機会もなく、時は流れた。タイミング、接点、偶然のチャンスがなければ、きっと話すことなく卒業しただろう。もちろん好きという気持ちはあるけれど、そんな素振りは一度もみせたことはない。

「いいよ。このまま帰る。俺は、このまま濡れてもかまわないし」
「風邪をひいたら大変だよ」
 にこりとした笑顔で傘を差し出された。
 美華の黒髪はいつもよりも憂いをおびているように思える。
 湿気のせいかもしれない。
 彼女の人柄がよく現れているように俺は感じていた。
 つまり、相合傘状態になったのだが、ただの純真な気持ちでの親切心だということにも俺自身は気づいていた。
 美華の心はいつも汚れていない。まっすぐで真っ白な状態だ。
 青空の下で真っ白な洗濯物を干し、風になびく印象だ。
 偶然のチャンスに照れながらも一緒に帰った。

「雨の日ってなんだかなぁ」
 俺が灰色の空に向かってつぶやく。
「私も雨は嫌いだよ。制服は濡れるし、靴も泥だらけになるしね」
「部活もできないし、自転車も乗りづらいしな」
「今は、傘さし運転禁止なんだからね。雨の日はカッパを着て自転車に乗らないと」
「相変わらず真面目ちゃんだな」
「雨宮は相変わらず不真面目なんだから。また告白断ったって噂になってたよ」
「俺、恋愛とか興味ないから」
 相合傘にドキドキしているなんて素振りは微塵も見せずに俺は美華が濡れないように極力肩が濡れるように歩く。
 一定の距離を保たないと心が落ち着かないというのも本音だった。
 久しぶりに話す彼女は全く変わっていなかった。
 俺への接し方も全く変わっていないことに安堵する。

「でもさ、雨の日っていいこともあるよね」
「何?」
「こうやって雨宮君と久しぶりに会話ができたこと」
 純真無垢な笑顔で言われると俺はどぎまぎしてしまう。
「何言ってるんだよ。馬鹿」
「まぁ、雨宮君にとってはいいことでもなんでもないよね」
 照れたような顔をしながらも、当たり前のように返される。このしとしとと降る雨の時間が貴重なことだなんて、言えるはずはなかった。

「俺も、雨の日は嫌いだったけどさ。また雨が降ったらいいなって思えたよ」
「どうして?」
「また美華と帰れるかもしれないから、傘はもってこないことにするから」

 つい、勢いで言葉が溢れる。
 もっとそばにいたい。そんな口実が言葉となる。
「じゃあ、私は雨宮君の傘を持ってくるよ。二人で帰ろうよ」

 視線が重なる。俺たちの足元は水たまりで靴も泥だらけだ。
 足元とは裏腹に空を見上げる。
 気づくと、あんなに激しかった雨が止んで虹が見えた。
「雨の後は虹がみえるから、雨は降ってほしいかもしれない」
「二人で見る虹は別格だね」
「じゃあ、また一緒に帰ろうか。晴れてる日でもさ」
「……うん」

 驚いた表情をする美華と照れでいっぱいの俺は、虹をただ見つめていた。