宝条家に住み始めてから、1週間ほど経った。琴葉は毎日、いや毎秒いたたまれない気持ちになっている。
「琴葉、おはよう。今日は家で仕事をするから、隣にいてくれないか?」
朝から国宝級のご尊顔が自分に話しかけてくるのだ。しかも、激甘。普通にしていられるはずがないだろう。
「今日も珀様は琴葉様への愛に溢れていますね、そろそろオフィスに出向かないと部下がだらけますよ。」
白井隼人にからかわれるのも本当に恥ずかしい。そして使用人・メイドたちも同意するかのように頷いていて、もっと恥ずかしくなる。
「わ……わかりました……。」
この状況、断れるはずがない。
豪華な朝食をいただいたら、すぐに珀の執務室に連れて行かれ、隣に座らせられる。資料に目を通しながら肩にもたれかかってくる珀に、どうしていいかわからず縮こまってしまう。
珀がものすごいスピードで仕事をこなしているのを見て、自分が何もしていないことに対する罪悪感に苛まれる。しかし、ずっとまともな教育を受けていない琴葉には仕事が務まるとは思えない。
困ったので珀に正直にそう伝えると、ただそこにいるだけで俺の助けになっているからいい、と言われてしまった。本当にいたたまれない。
その会話を聞いていた隼人がこんなことを言っていた。
「珀様は琴葉様と婚約されてから、しっかりお休みの時間を取られるようになりました。以前はいつか過労死するんじゃないかというくらい働いていらっしゃいましたから。もちろん、琴葉様も珀様の婚約者として覚えていかなくてはならないことがありますが、今はとりあえず珀様のそばにいて差し上げてください。部下から感謝されます。」
どうやら、珀はその”しごでき”を他者にも押し付けるらしく、部下が毎日のように泣いているのだそう。また、威圧感もあるため、対峙する人が皆、どうしても怖がってしまうのだそうだ。珀が休むことによって、部下は心地よく働けるらしく、琴葉がいるといいのだそうだ。
それはパワハラなのでは?と思ったが、口には出さないでおいた。
そんな調子で毎日が過ぎていく。家にいた時とは違い、誰も琴葉を叱責しないし、もちろん人格否定もしない。それどころか珀には褒めちぎられるし、隼人も使用人もメイドも皆優しい。食事は豪華だし、お風呂もゆっくりと浸かれる。ずっと非日常を味わっているような、夢の中にいるような心地で毎日を過ごしていた。
期待はしないと決めたはずなのに。どうせあの家族がぶち壊しにくる。そうでなくても、誰かの手で壊される。経験がそう告げているが、目の前の幸福な生活に、その警鐘は頭の隅に追いやられていった。魔の手が再び伸びていることに、気づかないまま。
いまだに、珀が琴葉を好きな理由が全くわからない。無能だとわかった時からずっといじめられていたため、男女の機微がわからないのも理由の一つだが、神楽の家系で無能者など価値がないはずなのに、それでももらわれたのが一番わけがわからないのだ。
本気で好きでいてくれているのはわかる。それがわからないほど機微に疎いわけではない。でも、理解ができないのだ。理解していないから、この幸せがいつかこの手からこぼれ落ちるかもしれないと不安がよぎるようになる。感情など、どこかに忘れてきたと思っていたが、珀の行動一つ一つで心が揺れ動くものだから、戸惑ってしまう。
そんな琴葉を珀は毎晩抱きしめてくれる。大人が迷子の幼児を守るように、無骨な身体で優しく包んでくれるのだ。
「何があっても俺が守るからな。」
そう言いながら。
琴葉は早くも、自分が珀を好きになり始めているのに気づいた。
「琴葉、おはよう。今日は家で仕事をするから、隣にいてくれないか?」
朝から国宝級のご尊顔が自分に話しかけてくるのだ。しかも、激甘。普通にしていられるはずがないだろう。
「今日も珀様は琴葉様への愛に溢れていますね、そろそろオフィスに出向かないと部下がだらけますよ。」
白井隼人にからかわれるのも本当に恥ずかしい。そして使用人・メイドたちも同意するかのように頷いていて、もっと恥ずかしくなる。
「わ……わかりました……。」
この状況、断れるはずがない。
豪華な朝食をいただいたら、すぐに珀の執務室に連れて行かれ、隣に座らせられる。資料に目を通しながら肩にもたれかかってくる珀に、どうしていいかわからず縮こまってしまう。
珀がものすごいスピードで仕事をこなしているのを見て、自分が何もしていないことに対する罪悪感に苛まれる。しかし、ずっとまともな教育を受けていない琴葉には仕事が務まるとは思えない。
困ったので珀に正直にそう伝えると、ただそこにいるだけで俺の助けになっているからいい、と言われてしまった。本当にいたたまれない。
その会話を聞いていた隼人がこんなことを言っていた。
「珀様は琴葉様と婚約されてから、しっかりお休みの時間を取られるようになりました。以前はいつか過労死するんじゃないかというくらい働いていらっしゃいましたから。もちろん、琴葉様も珀様の婚約者として覚えていかなくてはならないことがありますが、今はとりあえず珀様のそばにいて差し上げてください。部下から感謝されます。」
どうやら、珀はその”しごでき”を他者にも押し付けるらしく、部下が毎日のように泣いているのだそう。また、威圧感もあるため、対峙する人が皆、どうしても怖がってしまうのだそうだ。珀が休むことによって、部下は心地よく働けるらしく、琴葉がいるといいのだそうだ。
それはパワハラなのでは?と思ったが、口には出さないでおいた。
そんな調子で毎日が過ぎていく。家にいた時とは違い、誰も琴葉を叱責しないし、もちろん人格否定もしない。それどころか珀には褒めちぎられるし、隼人も使用人もメイドも皆優しい。食事は豪華だし、お風呂もゆっくりと浸かれる。ずっと非日常を味わっているような、夢の中にいるような心地で毎日を過ごしていた。
期待はしないと決めたはずなのに。どうせあの家族がぶち壊しにくる。そうでなくても、誰かの手で壊される。経験がそう告げているが、目の前の幸福な生活に、その警鐘は頭の隅に追いやられていった。魔の手が再び伸びていることに、気づかないまま。
いまだに、珀が琴葉を好きな理由が全くわからない。無能だとわかった時からずっといじめられていたため、男女の機微がわからないのも理由の一つだが、神楽の家系で無能者など価値がないはずなのに、それでももらわれたのが一番わけがわからないのだ。
本気で好きでいてくれているのはわかる。それがわからないほど機微に疎いわけではない。でも、理解ができないのだ。理解していないから、この幸せがいつかこの手からこぼれ落ちるかもしれないと不安がよぎるようになる。感情など、どこかに忘れてきたと思っていたが、珀の行動一つ一つで心が揺れ動くものだから、戸惑ってしまう。
そんな琴葉を珀は毎晩抱きしめてくれる。大人が迷子の幼児を守るように、無骨な身体で優しく包んでくれるのだ。
「何があっても俺が守るからな。」
そう言いながら。
琴葉は早くも、自分が珀を好きになり始めているのに気づいた。