宝条珀は忙しい。1000年に1人と言われている、光と闇を同時に操る能力を持って生まれた彼は、私立聖桜学園に通いながら、17歳という若さにして宝条家次期当主としての仕事もこなす。他の能力者では倒しきれない魔形討伐に向かったり、日本の政治や経済に関わる仕事なんかもこなしたりする。
今日は、学園で2コマ授業を受けたところで、緊急の魔形討伐案件が入ったため、早退して討伐に向かった。学園には単位制のコースがあり、そこに所属している珀は突然早退したり休んだりしても単位を取り切ればいいことになっている。
「隼人、今回の案件は俺とお前だけで片付けられる。護衛は配置しておけ。行くぞ。」
運転手に車を出してもらい、魔形が出た森の近くまで送ってもらった。車を降りて隼人と2人で歩みを進めていくと、魔形の気配がどんどん濃くなっていくのを感じる。
さらに森の中を進んでいくと、少しずつまずは弱めの魔形が現れ出した。基本的には光の能力だけで対応していく。光を集めて放つだけで、特に複雑なことをしなくても、弱い魔形は消えてくれる。
ちなみに、白井家は代々宝条当主の家系に仕えていて、闇を扱う能力を持っている。隼人も例外ではなく、闇を操って結界を張ることもできれば、ブラックホールに限りなく近い状態を作ることもできる。白井家の中では強い能力持ちと言えるだろう。珀に仕えるのに遜色ない実力である。
珀の放つ光の塊と隼人の作り出す擬似ブラックホールで次々と魔形を打ち倒しながら森を深くまで進んでいく。ふと違和感に気づいたのは、珀の方だった。
「おい、隼人、俺ら取り込まれてるな?ループしているぞ。」
「まじ?あ、あれさっき珀がつけた傷?」
珀と隼人は実は同い年である。次期当主と秘書として話をする時はお互いに言葉遣いを意識しているが、普段は敬語は使わず、なんなら軽口を叩き合うような仲なのだ。
珀が先刻、魔形を倒す時に木につけてしまった傷と同じ形のものが目の前にある。それほど強くない魔形の中には、自身のテリトリーに相手を引き摺り込んで、自らが有利な状態で戦おうとするものもいる。今回当たった魔形はその典型のようだ。気づくのが遅れると、どんどんと中心部に取り込まれ、勝率が下がってしまうが、戦闘経験の豊富な2人はすぐに気づいた。
「珀〜、俺体力尽きそうだからさ、珀の力で結界破ってよ。」
「何言ってんだよ、有り余ってるくせに。だめだ、俺の結界では森林ごとぶち壊しちまう。」
「わかったよ、やりゃあいいんだろ。」
隼人が渋々結界を張る。テリトリーの中からより強い結界を張って広げていけば、いずれ魔形の結界は破れ、自滅するのだ。隼人の結界はそこそこ強いから、この魔形には余裕で勝つことができるが、珀の結界の強さはそれどころではない。外が見えないこの状況では、広げていくうちにいつの間にか外の森が壊れてもおかしくないため、今回は隼人に任せることにした。適材適所だ。
そうこうしているうちに結界が破れ、討伐が完了した。緊急で入った案件にしてはあっさり終わってしまったが、最近の魔形討伐界隈は人手不足が深刻なので、珀たちが呼び出されるのも仕方がないのだろう。
近年、急速に魔形の凶暴化、増加が進んでいる。能力者の力は研究の応用によって時代とともに強くなってきてはいるが、生まれる能力者の数が増えているわけではないため、動ける能力者が常に稼働している状態になってしまっているのだ。
何が原因なのか、能力者や研究者が総力を挙げて調べているが、結局わからずじまいである。
その日、珀は学園には戻らず、本家に向かって宝条の次期当主としての仕事をこなしつつ、週末の社交パーティーの準備をした。
※ ※ ※
日曜日。社交パーティーの当日である。珀は仕事をある程度片付けてから、タキシードに着替え、隼人とともに会場に向かう。
入り口で隼人が2人分の招待状を見せる。扉が開けられ、中に入ると、見慣れた豪奢なシャンデリアに香水の混ざった匂い。そして、汚れた目。
「珀様よ!」
誰かの声を皮切りに、令嬢たちが群がってきた。いつも通りだ。濁った目で珀を見上げ、うっとりとしながら擦り寄ってくる。
「珀様ぁ、こちらにいらしてぇ?私とお話しましょう?」
「珀様!私とのお時間を作ってくださらない?」
我こそはと群がる女に吐き気がする。全員、珀の男も圧倒するほどの美貌と宝条家次期当主という立場しか見ていない。
「隼人!」
挨拶回りに行かなくてはならない珀はイライラしながら秘書兼唯一無二の親友の名を呼ぶ。
「へいへい」
ふざけた返事をする隼人だが、いつもしっかり働いてくれる。
「珀様はお忙しいので、あなた方に構っている暇はないのですよ。その代わりこの私が構って差し上げましょう。」
隼人が人に害のない結界を張って女から遠ざけてくれた。女好きの隼人はいつも、珀からこぼれ落ちてくる令嬢をもらい受ける受け口のようになっている。
隼人も顔がいい上に地位も高いので、珀に構ってもらえないとわかった強欲な女はすぐに目的を切り替え、その濁った目を隼人に向ける。いつものことだ。
令嬢たちにチヤホヤされる隼人を置いて、挨拶回りに向かう。今回のパーティーは浅桜家が主催。まずは浅桜の当主から、続いて多くの要人たちに挨拶をし、一段落したところで隼人と合流した。
途端にまた群がってくる女たち。立場上、権力を持つ家の令嬢は覚えておかなくてはならないはずなのだが、こうも欲丸出しで寄ってこられると覚える気もなくなってしまう。結局、回避するために会場内を動き回ることになってしまった。これだから、珀はどうしてもパーティーを好きになれない。宝条の当主になれば、自ら主催することも必要になってくると思うと、かなり憂鬱である。
先ほど、神楽の甥っ子が会場内に戻ってきたところを見かけた。おそらく庭園にいたのだろう。そこならば女に囲まれることもないかもしれない、と思った珀は、隼人にそう伝え、手洗い場に行く風を装って庭園へと足を踏み入れた。
汚れた視線から解放され、ため息をつく。特段花に興味があるわけではないが、一時的な逃げ場としてはふさわしいといえるだろう。
すると、先客がいることに気づいた。その女性は、蛍のようにほのかに光をまとっていて、どこか悲しげな雰囲気を醸し出している。
珀は何かを確信し、迷わずその女性に近づいていく。相手も気づいたようで、不思議そうに、そしておどおどとこちらの様子をうかがう。
「隣、いいか?」
相手が頷いたのを確認して、珀はその女性が座っているベンチに腰かける。
「俺は宝条珀。お前、名前は?」
そう聞いてから、珀は少し後悔した。普段、母親以外の女性と話すことがなく、癖でぶっきらぼうな物言いになってしまったからだ。
「し、がらき、こ、琴葉、です……」
やはり、カタコトになってしまったではないか。しまった……と思いつつ、その苗字にハッと驚く。
「神楽……。そうか、お前神楽家だったのか……。パーティーは嫌いか?」
琴葉は好きではないと答える。会話はすぐに止まってしまった。だが、珀としては沈黙でも心地いいと思えたため、そのまま黙っていることにした。
パーティーが終わる頃、会場に戻り、隼人と落ち合う。
「隼人、帰るぞ。あの女が誰かわかった。」
「え……?」
こうして、神楽琴葉をもらうべく、宝条家は動き出したのである。
今日は、学園で2コマ授業を受けたところで、緊急の魔形討伐案件が入ったため、早退して討伐に向かった。学園には単位制のコースがあり、そこに所属している珀は突然早退したり休んだりしても単位を取り切ればいいことになっている。
「隼人、今回の案件は俺とお前だけで片付けられる。護衛は配置しておけ。行くぞ。」
運転手に車を出してもらい、魔形が出た森の近くまで送ってもらった。車を降りて隼人と2人で歩みを進めていくと、魔形の気配がどんどん濃くなっていくのを感じる。
さらに森の中を進んでいくと、少しずつまずは弱めの魔形が現れ出した。基本的には光の能力だけで対応していく。光を集めて放つだけで、特に複雑なことをしなくても、弱い魔形は消えてくれる。
ちなみに、白井家は代々宝条当主の家系に仕えていて、闇を扱う能力を持っている。隼人も例外ではなく、闇を操って結界を張ることもできれば、ブラックホールに限りなく近い状態を作ることもできる。白井家の中では強い能力持ちと言えるだろう。珀に仕えるのに遜色ない実力である。
珀の放つ光の塊と隼人の作り出す擬似ブラックホールで次々と魔形を打ち倒しながら森を深くまで進んでいく。ふと違和感に気づいたのは、珀の方だった。
「おい、隼人、俺ら取り込まれてるな?ループしているぞ。」
「まじ?あ、あれさっき珀がつけた傷?」
珀と隼人は実は同い年である。次期当主と秘書として話をする時はお互いに言葉遣いを意識しているが、普段は敬語は使わず、なんなら軽口を叩き合うような仲なのだ。
珀が先刻、魔形を倒す時に木につけてしまった傷と同じ形のものが目の前にある。それほど強くない魔形の中には、自身のテリトリーに相手を引き摺り込んで、自らが有利な状態で戦おうとするものもいる。今回当たった魔形はその典型のようだ。気づくのが遅れると、どんどんと中心部に取り込まれ、勝率が下がってしまうが、戦闘経験の豊富な2人はすぐに気づいた。
「珀〜、俺体力尽きそうだからさ、珀の力で結界破ってよ。」
「何言ってんだよ、有り余ってるくせに。だめだ、俺の結界では森林ごとぶち壊しちまう。」
「わかったよ、やりゃあいいんだろ。」
隼人が渋々結界を張る。テリトリーの中からより強い結界を張って広げていけば、いずれ魔形の結界は破れ、自滅するのだ。隼人の結界はそこそこ強いから、この魔形には余裕で勝つことができるが、珀の結界の強さはそれどころではない。外が見えないこの状況では、広げていくうちにいつの間にか外の森が壊れてもおかしくないため、今回は隼人に任せることにした。適材適所だ。
そうこうしているうちに結界が破れ、討伐が完了した。緊急で入った案件にしてはあっさり終わってしまったが、最近の魔形討伐界隈は人手不足が深刻なので、珀たちが呼び出されるのも仕方がないのだろう。
近年、急速に魔形の凶暴化、増加が進んでいる。能力者の力は研究の応用によって時代とともに強くなってきてはいるが、生まれる能力者の数が増えているわけではないため、動ける能力者が常に稼働している状態になってしまっているのだ。
何が原因なのか、能力者や研究者が総力を挙げて調べているが、結局わからずじまいである。
その日、珀は学園には戻らず、本家に向かって宝条の次期当主としての仕事をこなしつつ、週末の社交パーティーの準備をした。
※ ※ ※
日曜日。社交パーティーの当日である。珀は仕事をある程度片付けてから、タキシードに着替え、隼人とともに会場に向かう。
入り口で隼人が2人分の招待状を見せる。扉が開けられ、中に入ると、見慣れた豪奢なシャンデリアに香水の混ざった匂い。そして、汚れた目。
「珀様よ!」
誰かの声を皮切りに、令嬢たちが群がってきた。いつも通りだ。濁った目で珀を見上げ、うっとりとしながら擦り寄ってくる。
「珀様ぁ、こちらにいらしてぇ?私とお話しましょう?」
「珀様!私とのお時間を作ってくださらない?」
我こそはと群がる女に吐き気がする。全員、珀の男も圧倒するほどの美貌と宝条家次期当主という立場しか見ていない。
「隼人!」
挨拶回りに行かなくてはならない珀はイライラしながら秘書兼唯一無二の親友の名を呼ぶ。
「へいへい」
ふざけた返事をする隼人だが、いつもしっかり働いてくれる。
「珀様はお忙しいので、あなた方に構っている暇はないのですよ。その代わりこの私が構って差し上げましょう。」
隼人が人に害のない結界を張って女から遠ざけてくれた。女好きの隼人はいつも、珀からこぼれ落ちてくる令嬢をもらい受ける受け口のようになっている。
隼人も顔がいい上に地位も高いので、珀に構ってもらえないとわかった強欲な女はすぐに目的を切り替え、その濁った目を隼人に向ける。いつものことだ。
令嬢たちにチヤホヤされる隼人を置いて、挨拶回りに向かう。今回のパーティーは浅桜家が主催。まずは浅桜の当主から、続いて多くの要人たちに挨拶をし、一段落したところで隼人と合流した。
途端にまた群がってくる女たち。立場上、権力を持つ家の令嬢は覚えておかなくてはならないはずなのだが、こうも欲丸出しで寄ってこられると覚える気もなくなってしまう。結局、回避するために会場内を動き回ることになってしまった。これだから、珀はどうしてもパーティーを好きになれない。宝条の当主になれば、自ら主催することも必要になってくると思うと、かなり憂鬱である。
先ほど、神楽の甥っ子が会場内に戻ってきたところを見かけた。おそらく庭園にいたのだろう。そこならば女に囲まれることもないかもしれない、と思った珀は、隼人にそう伝え、手洗い場に行く風を装って庭園へと足を踏み入れた。
汚れた視線から解放され、ため息をつく。特段花に興味があるわけではないが、一時的な逃げ場としてはふさわしいといえるだろう。
すると、先客がいることに気づいた。その女性は、蛍のようにほのかに光をまとっていて、どこか悲しげな雰囲気を醸し出している。
珀は何かを確信し、迷わずその女性に近づいていく。相手も気づいたようで、不思議そうに、そしておどおどとこちらの様子をうかがう。
「隣、いいか?」
相手が頷いたのを確認して、珀はその女性が座っているベンチに腰かける。
「俺は宝条珀。お前、名前は?」
そう聞いてから、珀は少し後悔した。普段、母親以外の女性と話すことがなく、癖でぶっきらぼうな物言いになってしまったからだ。
「し、がらき、こ、琴葉、です……」
やはり、カタコトになってしまったではないか。しまった……と思いつつ、その苗字にハッと驚く。
「神楽……。そうか、お前神楽家だったのか……。パーティーは嫌いか?」
琴葉は好きではないと答える。会話はすぐに止まってしまった。だが、珀としては沈黙でも心地いいと思えたため、そのまま黙っていることにした。
パーティーが終わる頃、会場に戻り、隼人と落ち合う。
「隼人、帰るぞ。あの女が誰かわかった。」
「え……?」
こうして、神楽琴葉をもらうべく、宝条家は動き出したのである。