★
時は、寧々子と竜規の初夜に遡る。
寧々子は寝間着をまとったまま布団の上で仰向けになり、すっかり固まっていた。その様子はまるで化粧箱にしまわれた日本人形のようである。
「身を捧げると決心したからには、後には引けません。さあどうぞ」
「覚悟を決めたところで申し訳ないが、余はおぬしと夜伽をするつもりなど毛頭ない」
「それでは何故、わたくしのところにおいでになったのですか?」
竜規はきょとんとする寧々子の隣にあぐらをかき、半身をかがめて耳元でささやいた。
「余の手足となってほしいのだ」
「どういう意味でございましょうか?」
寧々子は身を起こして膝を正し、竜規と向き合った。行燈の光に照らされた無垢な顔には、疑念と興味が入り混じっている。
「余の子らが皆、早世しているのは承知しているであろう?」
「はい。呪いのせいだと聞いています。心中をお察し申し上げます」
「では問うが、おぬしは呪いというものを信じるか」
「いいえ。呪いなどがあれば、将軍様は皆、とっくに死んでいるに違いありませんから」
竜規は的を射た答えに、いささか驚嘆の顔をした。
「さようであろうな。では、なぜ呪いについて尋ねたか、余の意図を汲めるか?」
寧々子は、目を細めてためらいなく答える。
「竜規様は、子らの死の理由が誰かの所業だとお考えなのでしょう」
「そうだ。察しが良いな」
竜規の漆黒の双眸が輝きを増す。
「ということは、わたくしに咎人を探させようと?」
「そういうことだ。なぜならおぬしはこの御殿で唯一、潔白な者だからな」
「そのような理由でわたくしを側室にされたのですね。腑に落ちました」
「おぬしは肝が据わっておるだけでなく、賢さも持ち合わせておるようだな」
「お褒めにあずかり嬉しゅうございます」
「しかし子らがいない今、どうやって咎人を突き止めるか……」
竜規は顎に手を当てて深く思案するが、良い手立てが浮かばない様子である。すると突然、寧々子の表情が光を帯びた。
「竜規様、わたくしに良い考えがあります。咎人が誰か、突き止める方法を思いつきました」
「なんと、それはまことか!?」
「ですが、うまく立ち回るためには御殿の者のことも、竜規様のお子さまのことも知らねばなりません。ですから毎夜、わたくしと床入りして頂けませんか?」
「ははっ、夜伽のふりをして策略を立てるということか」
「さようでございます」
行燈の光が寧々子の瞳を妖しく光らせる。けれど竜規もまた、寧々子の立言に胸を躍らせていた。
「よかろう。おぬしのひらめきに余もかけてみるとするか」
以来、ふたりは夜な夜な語り合い、時にとりとめのない話も交えつつ、細部まで策略を練り固めていった。
そしてすべての準備が整った頃、寧々子は竜規との床入りを最後にした。なぜなら寧々子は子をもうけたふりをする必要があったからだ。
時は、寧々子と竜規の初夜に遡る。
寧々子は寝間着をまとったまま布団の上で仰向けになり、すっかり固まっていた。その様子はまるで化粧箱にしまわれた日本人形のようである。
「身を捧げると決心したからには、後には引けません。さあどうぞ」
「覚悟を決めたところで申し訳ないが、余はおぬしと夜伽をするつもりなど毛頭ない」
「それでは何故、わたくしのところにおいでになったのですか?」
竜規はきょとんとする寧々子の隣にあぐらをかき、半身をかがめて耳元でささやいた。
「余の手足となってほしいのだ」
「どういう意味でございましょうか?」
寧々子は身を起こして膝を正し、竜規と向き合った。行燈の光に照らされた無垢な顔には、疑念と興味が入り混じっている。
「余の子らが皆、早世しているのは承知しているであろう?」
「はい。呪いのせいだと聞いています。心中をお察し申し上げます」
「では問うが、おぬしは呪いというものを信じるか」
「いいえ。呪いなどがあれば、将軍様は皆、とっくに死んでいるに違いありませんから」
竜規は的を射た答えに、いささか驚嘆の顔をした。
「さようであろうな。では、なぜ呪いについて尋ねたか、余の意図を汲めるか?」
寧々子は、目を細めてためらいなく答える。
「竜規様は、子らの死の理由が誰かの所業だとお考えなのでしょう」
「そうだ。察しが良いな」
竜規の漆黒の双眸が輝きを増す。
「ということは、わたくしに咎人を探させようと?」
「そういうことだ。なぜならおぬしはこの御殿で唯一、潔白な者だからな」
「そのような理由でわたくしを側室にされたのですね。腑に落ちました」
「おぬしは肝が据わっておるだけでなく、賢さも持ち合わせておるようだな」
「お褒めにあずかり嬉しゅうございます」
「しかし子らがいない今、どうやって咎人を突き止めるか……」
竜規は顎に手を当てて深く思案するが、良い手立てが浮かばない様子である。すると突然、寧々子の表情が光を帯びた。
「竜規様、わたくしに良い考えがあります。咎人が誰か、突き止める方法を思いつきました」
「なんと、それはまことか!?」
「ですが、うまく立ち回るためには御殿の者のことも、竜規様のお子さまのことも知らねばなりません。ですから毎夜、わたくしと床入りして頂けませんか?」
「ははっ、夜伽のふりをして策略を立てるということか」
「さようでございます」
行燈の光が寧々子の瞳を妖しく光らせる。けれど竜規もまた、寧々子の立言に胸を躍らせていた。
「よかろう。おぬしのひらめきに余もかけてみるとするか」
以来、ふたりは夜な夜な語り合い、時にとりとめのない話も交えつつ、細部まで策略を練り固めていった。
そしてすべての準備が整った頃、寧々子は竜規との床入りを最後にした。なぜなら寧々子は子をもうけたふりをする必要があったからだ。