私が光り輝くダイヤモンドだとしたら、あいつは泥まみれの石ころだ。
二万円の賭け金の件さえなければ、もちろん用がない男。
あいつに出会わなければ身も心も泥まみれにはならなかったのに。
それに、頭の中があいつで埋めつくされることなんてなかったのに……。
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「1年3組 弘崎 拓真ああぁぁああ……。私、一ノ瀬 和葉はあなたの彼女になりたいです! 私と付き合って下さい! お願いしまあぁぁ……ぁああすぅ!!」
ーー残暑が続き、日差しがジリジリと照りつけてくる天気は快晴。
都心から少し離れた街中の公立高校で、朝から全校集会がある日の今日、校庭に全校生徒が集まる中で校舎の屋上から一人の男に愛の言葉を叫ぶ。
……いや、正しくは愛の言葉じゃない。
そこに愛情というものなど存在しないのだから。
私が大胆なのはいまに始まったことじゃない。
キラリと光る肩までの金髪。猫目に見えるつけまつげ。チェリーピンクのリップ。第二ボタンまで開いてるワイシャツの上に垂れ下がっているリボンの奥にはシルバーネックレス。スカートは膝上20センチ。ラインストーン入りのキラキラネイル。Eカップでスタイル抜群の身体。
それに加えて顔面は国宝級。
男は使い捨てカイロと同じ。温まったらそれで十分。ぬるくなるまで持ち続ける必要はないということ。
そんな私のことを、みなは口を揃えて言う。
その名も LOVE HUNTER
一ノ瀬 和葉
高校2年生 17歳
いつだって男には不自由しなかった。
なぜなら、この私に落ちない男なんていないのだから。
猫撫で声で愛想をふりまき、褒め倒した挙句にボディタッチで甘えりゃあイチコロだった。
彼女つきでも確実にマトを射抜けるし、不要になればすぐバイバイ。
私は欲を満たせればそれだけで満足だから。
だが、あいつは他の男と違った。
「あのさぁ、何度も言うけど……。俺、あんたに興味ないから」
悠々と過ごしてきた勝ち組の私を全校生徒の前で公開処刑するなんて……。
好きでもないし、二万円の賭け金で近づいてやってるだけなのに。
――ことの発端は、時を遡ること2週間前。
親友の 祐宇が教室の窓の外を見ながらファッション雑誌を読んでいる私の服をグイグイと引っ張り、中庭で読書中の彼へ指をさした。
「ねぇねぇ、来た来た。ツンデレメガネくん」
あまりにもしつこく服を引っ張るから、「なになに」と気だるく返事。寝不足でうつろ目のまま雑誌片手に窓の向こうを見る。
昨晩クラブで遊び狂って帰宅したのは夜中の2時だから、正直席から立ち上がるのがしんどい。
ツンデレなんて別に興味がないし、騒ぎ立てるほどのことでもない。
目線の先の彼は一つ年下の高1。
名前は弘崎 拓真。
学校で少し噂になってるから名前くらいは知っている。
盛んな成長期を終えたのか、身長は180センチ超え。
黒縁メガネの奥の瞳までは見たことがないけど、まぁ悪くなさそう。
肌はこんがり小麦色。身体を鍛えているのか細マッチョな感じ。そこだけは、唯一萌えポイントかも。
「あー、あいつ? 和葉は100%キョーミないよ」
ためいき混じりの声で窓から離れてドカっと椅子に座る。
彼が一部の女子に騒がれているのだけは知っていた。
だからなにって話だけど。
「ねぇねぇ、次のターゲットはあいつにしたら? 結構お似合いかもよ」
もう一人の親友 凛がニヤニヤしながら、3日前に2週間交際した彼氏と別れたばかりの私に興味を沸かせた。
凛はお姉様系で韓国アイドル風。
大人の香りが漂う香水は欠かさない。ファッションモデルのような体型で、ツヤツヤの長い黒髪が男心を揺さぶる。
祐宇はふんわりとした可愛い清楚系。
小柄な体型でメイクと笑顔はいつもキラキラだけど、根っからの男好き。二股三股は日常茶飯事。
そんな私たちLOVE HUNTERは、自他認めるほどのモテ女。
街を歩けばナンパの嵐。早い時で10メートルに1回。案外男は周りを見ている。
面倒なときのナンパはスルー。気分によっては相手にするけど、私たちはそこまで男に困っていない。
女神は負けを知らないから、恋愛における努力を知らない。
「嫌。ツンデレなんて面倒くさい」
「でも、あいつ結構なイケメンだよ? 噂によると性格はひと癖ありそうだけど、和葉ならイケそうじゃない?」
「あんたはいつも彼氏相談しないから最後までどんな奴と付き合ってたかは知らないけど、あいつなら少しは協力出来るかもよ?」
「別にいい。あーゆーカタブツくんって好きじゃないんだよねぇ」
と、再びファッション雑誌を開いて話を区切る。
だが、凛は雑誌をひょいと取り上げて生意気な口を叩く。
「へぇー……。あいつはハードルが高そうだから、さすがのあんたも自信ないか~」
「なっっ!! そんなわけないじゃん!」
「恋愛全勝中の和葉にも自信がないときなんてあるんだぁ。知らなかったぁ」
二人は嫌味ったらしく微笑みながら揃って目線を向けてきた。
さっきからあいつには興味がないし面倒くさいって言ってるのに、二人は私のプライドを刺激してくる。
すると、凛は今後を揺るがすある提案を口にした。
それは、好き放題に生きてきた人生が覆るほどの苦労がセットになっていたとは思いもよらずに……。
「あんたが拓真を落としたら二万円あげる。……どう? これで手を打たない?」
凛は浪費家の私にゲーム感覚で金の香りをチラつかせる。
リアルな金額が鼓膜を突いた瞬間、思わずゴクリと息を飲んだ。
「にににっ……二万円?!?! ってか、あいつを落とすだけで?」
「そ! 二万円。これで少しはヤル気になった?」
もちろん友達からお金は受け取るのは気が乗らない。
だけど……、実は来月行こうと思っているネイルサロンや美容院の予約があって、バイトの給料だけじゃ足りないなぁなんて思っていたところだった。
クラブ代や化粧代やネイル代や洋服代。残念ながら私の財布は常に閑古鳥が鳴いている。
でも、それはさすがに間違ってるんじゃないかと良心が痛む一方、マネーゲームに食いついてしまっている自分がいる。
「それ……、マジで言ってんの?」
ちなみに聞き返したのは私じゃない。心の中に潜んでいる悪魔だ。
「だってあのカタブツ君、なかなか落ちそうにないし。和葉だったらイチコロじゃない? ……それともやめて二万円は諦める?」
凛は瞬時に釣られた私にケタケタと笑う。
真面目系メガネくんはタイプじゃないけど、あの小麦色の美ボディには興味がある。
上腕二頭筋、胸筋、腹筋。
この指先で触りたっ……、ま、まぁ別に嫌いなタイプでもないし、ツンデレはちょっと面倒臭いけど。
無駄遣いし過ぎて遊びに行く金はないし、いまはフリーだから時間もたっぷりあるし。
……ま、いっか。
細マッチョ以外関心はないけど、性格が合わなかったらソッコー別れればいいや。
「ううんっ! その話ノった。約束だからねっ! あとで『なんの話~?』とかしらばっくれないでよ!」
「言わない言わない」
「じゃあ、決まりね!」
と、私達はスタートの合図をするかのように、パチンとお互いの手をたたいた。
――この日を境に私の作戦は決行された。
最初は一人の男を落とすなんて容易いと思っていたのに、蓋を開けばクライミングのような辛い試練ばかり。
「別に嫌いじゃないよ。あんたのそーゆー肝っ玉座ってるトコ」
でも、時より与えられる飴が、今まで当たり前としてきた古い殻を破っていくなんて。