「最初は波に呑まれただけだと思ったんです。だって、あれだけの津波ですよ。家なんか、どれも流されて当然だって思ってた。

けど……違ったんです。あの家だけは、何か、変だった。」

インタビューに応じたのは、当時津波を避けて山の上へ避難していたという、響霧町在住の男性・渡部誠さん（仮名）だ。

彼が語る「浮き上がる家」の目撃談は、ただの被害状況の説明を超えた、異様な恐怖を帯びていた。

「津波が引いていく頃、ふと、下を見たんです。町中が水に沈んでて、どこも泥だらけ。

瓦礫が流れる音と、遠くから誰かの叫び声が聞こえて……でも、それよりも目を引いたのが、あの家だったんです。

最初は普通に見えたんですよ。他の家と同じように、水に沈んでいる。

けど、次の瞬間、家全体がゆっくり浮き上がり始めた。瓦礫の中から、まるで水面に吸い寄せられるみたいに。

おかしいですよね？家が浮くなんて。夢かと思いました。でも、確かに浮いてたんです。」

彼の声は次第に低く、震えを帯びていった。

「ただ浮いただけなら……それだけならまだ良かった。

でも、あの家、浮かび上がった後で、ひどい音を立てながら崩れ始めたんです。

木材が裂ける音とか、釘が弾け飛ぶ音とか……なんていうか、生き物が暴れるみたいに。しかも、その中から何かが――いや、“誰か”が見えたんです。

人じゃない……いや、人なんだけど、違う。目が真っ赤で、こっちをじっと見てるんです。

何人も、何人も。瓦礫の中から出てきて、家の中を彷徨ってる。でも声は出さない。ただ見てるだけで……じっと、じっとこっちを。」

彼は拳を握りしめ、しばらく黙り込んだ。あの光景を思い出すのがどれほど苦痛だったのか、想像に難くない。

「最後に、その家、崩れたまま沈んでいったんです。もう何も見えない。

けど、沈む直前に聞こえたんです。何かが囁く声が……『私たちはここにいる』って。

何がいたのかなんて分かりません。でも、それ以来、あの場所には近づけないんです。あの家が浮かび上がる光景を、今でも夢で見ます。」