録音日時:2025年2月30日

場所:響霧町中央集会所

九条朔夜に関する取材を求めて響霧町を訪れた際、多くの住民が彼について話すことを渋った。

しかし、匿名を条件に応じた住民の中には、彼に対する異様な執着心と冷笑が垣間見える証言を残した者もいた。

以下は、その中の一人、50代の女性の発言を文字起こししたものである。



女性(微笑を浮かべながら):「九条さん?ええ、あの人のことはよく覚えてますよ。

昔はね、町一番の誇りだったんです。『天才がこの町から生まれた』ってみんな大騒ぎして。でも、津波が来てから変わりました。

あの人、自分だけ助かるように町を出ていったんですよ。私たちを見捨ててね。」

女性は椅子に深く腰掛け、楽しげに指先を弄びながら続けた。

女性:「それでいて遺体を盗んで燃やしてたんですって。信じられますか?自分の作品のために、大切な人を燃やして灰にしたんですよ。

それがわかった時は、みんな怒り狂いましたよ。でもね……」

彼女は口元を歪めて笑った。その笑顔は明るいはずなのに、どこか冷たく、空気を凍らせるようだった。

女性:「その時、私たち気づいたんです。あの人に苦しみ続けさせればいいってね。

だって、あの人が許されるわけないじゃないですか。罪を犯したんだから、一生償わないといけない。それが筋でしょう?

『自分でなんとかしなきゃ』って、あの人が一番よく知ってるはずですから。」



取材中、女性の言葉には明らかに矛盾があった。

彼女の語る「怒り」や「憎しみ」は、どこか作り物めいており、その裏には異様な「楽しさ」が漂っていた。そして続く言葉は、それをさらに強調するものだった。

女性:「でも、まあ……利用できるものは利用しないとね。うちの町はもう元通りには戻らないし、大切な人たちだって帰ってこない。

でも、九条さんの『手』だけは使える。そうでしょう?遺灰だってね、ただ土に返すよりはいいじゃないですか。

あの人、才能はあるんだから。亡くなった人たちも、きっと『誇り』に思ってるんじゃないかしらねえ?」

彼女は乾いた笑い声を上げた。それは冗談を言うときの明るい笑いではなく、どこかひび割れた音のようだった。


女性(低い声で):「でも、あの人……惨めよね。あんな才能があって、昔はみんなにちやほやされてたのに。今じゃ、ただの道具よ。

私たちのために遺灰を触って、手を汚して、苦しんでる。

それを見るのが……正直言って、楽しいのよ。あの人の苦しむ顔、どんな絵よりも美しいって思いません?」

インタビューが進むにつれ、女性の語り口はますます饒舌になり、冷酷さがむき出しになっていった。言葉の端々には、どこか狂気じみた残酷さが滲み出ていた。



女性(嘲笑交じりに):「あの人、いつも手が震えてるのよ。遺灰を混ぜるたびにね、顔が青ざめて、吐きそうになってる。でも、誰も止めないわ。だって、自分でやり始めたことですもの。

責任ってそういうことでしょう?町を出て逃げた罰として、全部背負ってもらわないとね。自分でなんとかするのが筋でしょ?」

彼女の笑みは次第に歪み、声が低く抑えられていった。

女性(囁くように):「でも、あの震える手を見るのがたまらないの。私たちの家族の灰を握ってるあの指。

震えながらも壊さないように丁寧に触る姿を見てるとね、ぞくぞくするんですよ。なんていうのかしら……あの人が壊れていく音が聞こえるみたいでね。」



住民たちは、九条が制作中に時折見せる苦悶の表情を「芸術の一部」として楽しんでいるかのようだった。女性の言葉はさらに冷酷さを増していく。

女性:「許されないことをした人には、許されない生き方をしてもらわないといけない。遺灰を盗んだ罰として、これからもあの人には触ってもらうの。

私たちが言うのよ、『もっときれいに作って』って。

失敗するとね、少し叱ってあげるんです。あの人、謝るんですよ。泣きそうな顔して。でも、私たち笑ってるだけ。『ほら、次は大丈夫だから』ってね。」

その語り口は、もはや冷笑を通り越して悪意そのものに満ちていた。



女性:「でもね、面白いのよ。あの人、いつか本当に壊れちゃうんじゃないかって思うとワクワクするの。

だって、その時はもっと素敵な作品ができるんじゃないかしら。血とか涙とか、そういうものも混ざった『本物の芸術』がね。」

彼女は言葉を切ると、不気味なほど楽しそうに笑った。その笑顔は、九条が抱える罪悪感と苦痛を娯楽の材料にしていることを隠しもしなかった。