「九条さん、あなたは真面目な人だ。それで完璧主義でもある。素晴らしい人だ、私が一番羨ましいと思うタイプです。

だから、あなたは逃げなかった。作っている間に、これが正しいことなのか、亡くなった人のためなのか自信がなくなっていた。

そして、自分の行為を正当化するために、苦しみこそ作品に欠かせないものだと自分を騙したのでしょう。違いますか？

あなたは……弱い人だ。それでいて行動力があってしまった。なければ……ここまで来ることはなかったでしょう。

同情します。でも間違いは、正さなければなりません」

九条のアトリエに突如として警察が駆け込んできた。強い足音が階段を駆け上がり、ドアが勢いよく開かれる。数人の警察官が部屋に入ると、その目は即座に九条に向けられた。

「九条朔夜、傷害罪の容疑で逮捕します。」

警察の言葉は冷たく響いた。

その瞬間、九条は身動きを止めた。彼の顔には一瞬の驚きが浮かんだが、すぐにその表情は無表情へと変わり、心の中で確信を抱く。

そう、この時が来ることは、ずっと前から分かっていたことだった。警察が自分を追い詰めるのも、全ては避けられない運命だと、彼は思っていた。

白石 湊斗が通報したことを、九条は即座に悟った。

彼の鋭い視点と、絶え間ない追求の姿勢は、ついにここまで彼を追い詰めたのだ。

「白石さん…なぜ」

九条は静かに呟いた。その言葉には、憎しみも、安堵も、理解も、すべてが混ざり合っていた。

彼が自分の過去を暴き、そして真実を追い求めたのだ。九条はそのことを、もうすでに心の中で受け入れていた。

そして、安堵の表情で涙した。奇しくも、彼は苦しみから解放された。

警察官の一人が、慎重に九条の手を後ろに回し、手錠をかける。その冷たい金属の感触が、九条の腕を締め付けると、彼は一瞬目を閉じて深く息を吐いた。

過去の罪、そしてその贖罪の重さを、今まさに背負い込む時が来たのだ。

警察官が問いかけると、九条は少しの間黙っていたが、やがて低い声で答えた。

「もう、何も言うことはありません。」

その言葉は、彼が長年抱えてきたすべての苦しみと罪の告白のようでもあり、同時にすべてを終わらせる覚悟のようでもあった。彼の目には、どこか救われたような鈍い光が宿っていた。

そして、九条の過去、そしてその罪が現実となったこの瞬間。白石の胸には、もはや疑問は残らなかった。

彼が追求してきたのは、単なる記事のためではなく、彼自身の中で何かを解き明かすためだった。

九条がどんな人物であり、何を背負ってきたのかを知ることで、白石自身の中で何かが変わったような気がした。

「九条さん…」

白石はそっと呟いたが、その声は届くことはなかった。警察に連れられていく九条の姿が、アトリエの扉の向こうへと消えていった。

彼は、人々に許され続け、裁かれる機会を失っていた。いま、ようやく彼は救われたのだ。

静寂が再びアトリエに広がり、白石はその場に残される。彼がここにいる意味が、ようやく分かった気がした。