地元に戻った九条は、まず篠宮家に足を運ぶ決意をした。

長い間、心の中で引きずっていた罪悪感が、彼を突き動かしたのだ。篠宮家は、九条の過去に関わる最後の真実が眠る場所であり、彼が避け続けてきた場所でもあった。

九条は震える手で扉をノックした。彼の心臓は、胸の中で激しく鼓動している。篠宮家の家族は、あの日から自分を憎み、疎んでいたに違いない。

それでも、どうしても謝らなければならなかった。

扉がゆっくりと開き、中から出てきたのは悠生の母親だった。顔を合わせるのは久しぶりだが、彼女の目には怒りと悲しみが交錯しているのがわかる。九条は深く頭を下げた。

「すみません、篠宮さん、どうしても謝りたかったんです。」

その言葉が出た瞬間、母親の目が一層鋭くなり、彼を睨みつけた。

「謝る? あなたに何ができるというの? あの子の遺体を燃やして、遺灰を盗んだあなたに、どうして謝る資格があるの?」

声は震えていたが、その中に含まれているのは深い怒りだった。九条は言葉が出なかった。ただ、無言で深く頭を下げ続けた。

「あなたは人間じゃない!」

悠生の母親は涙をこぼしながら叫んだ。

「あんなひどいことをして、私たちにどんな顔をして謝るつもりなの!」

九条はその怒声に打たれたような気がした。自分のしたことは正当化できない。それでも、今はただひたすらに謝罪するしかなかった。

「悠生は、私の大切な友達でした。だから、あの時、どうしても…」

彼の声は涙にかき消されそうになりながらも続いた。

「悠生がもう戻らないことが、ずっと受け入れられなかった。だから…遺灰を持ち去ってしまったんです。」

言葉が途切れ途切れに出る中、悠生の母親は、しばらく黙って彼を見つめていた。その眼差しは鋭くもあり、憂いを帯びているようでもあった。やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。

「あなたがあの子をどれだけ思っていたのかはわかります。」

母親は静かに言った。

「だけど、それでも許せないことをした。それだけは変わらない。」

その言葉に、九条の胸が締め付けられた。しかし、彼女はさらに続けた。

「でも、あなたがしてくれたこと、私たちは受け入れるしかないのかもしれない。あの子を、あのまま放っておくわけにはいかないから。」

九条は驚きとともに、彼女の目を見つめた。悠生の母親は、涙をこぼしながら続けた。

「ありがとう…本当に、ありがとう。あの子の魂が安らかでいられるように、あなたがしてくれたこと、少なくとも私は感謝している。」

その言葉は、九条にとって想像もしなかった答えだった。

「あの子が、湿って暗い、土の下で眠っているのを見るのが耐えられなかったの。ここに眠っていると考える度に倒れそうだった」

彼がしたことは、絶対に許されることではない。だが、悠生の母親は、涙を浮かべながらも、自分がすべきことをしてくれたことに対して、最終的には受け入れ、感謝してくれた。

その瞬間、九条は、誰かに裁かれることすら許されないのかと、そう思った。自分が人間に戻る機会を失ったことを痛感した。

彼の心は、ずっと死んだように感じていた。悠生を燃やし、遺灰を奪い取ったその行為は、どれほど悔いても許されることはなかった。

しかし、今、悠生の母親の涙を見たとき、九条は知った。この思いは、永遠に背負っていくことになるのだと。

「もう、私は人間じゃない。」九条は心の中で呟いた。

自分がしてしまったことを悔い、またそれを永遠に背負い続けなければならないことを、彼は理解していた。

「篠宮さん、俺は、悠生の遺灰を……」

九条は全てを語った。

九条が篠宮家を後にし、静かに足を踏み出すと、背後から家の扉が静かに閉まる音が響いた。

彼は心の中で、もう一度あの時の自分を責めながら歩みを進める。しかし、ふと足を止めると、背後から悠生の父親が声をかけてきた。

「九条くん。」

その声は、感情を抑えた冷静さを保っていた。

「君があの子の遺灰を作品に使ったこと、私たちはもう気づいていた。」

九条は振り返らずに立ち止まった。心の中で、それがどれだけ遅すぎる気づきであったとしても、言葉が続くのを待った。

「最初は、君があの子の遺灰を使ったとは思いたくなかった。でも、君の作品を見た瞬間、どこかでわかってしまった。」

その声は低く、感情がほとんど感じられなかったが、瞳の奥には深い思いがあった。

「君の作品には、あの子の何かが宿っている。あれほど鮮明な、あの子を感じさせるような力強さがあるんだ。」

彼の言葉は冷静さを保ちながらも、どこか無力感を感じさせるものだった。

九条は黙って立ち尽くし、心の中でその言葉が深く刺さるのを感じていた。

彼の心は、悠生の遺灰で満たされた作品を作りながら、同時にその痛みから逃れられなかった。悠生の父親は続けた。

「確信はないが、君の行動を見ていれば、おおよそのところがつかめたよ。君があの子のことをどれだけ大切に思っていたか、痛いほどわかるから。」

すべてが自分の責任であり、自分が犯した過ちであることを、ひしひしと感じながら立ち尽くしていた。

「君がどんなに後悔しようと、君がそれを補おうとしたとしても、あの子は戻ってこない。だが、君がその後悔を背負い続けることで、少なくとも少しはあの子の魂を慰められるかもしれない。」

悠生の父親は最後に一言、静かに言った。

九条は再び何も言えなかった。ただ、心の中でその言葉を噛み締めるしかなかった。自分がこれからどうすべきか、彼にはもうわからなかった。

ただ、悠生の遺灰を使ったその作品が、永遠に自分の心の中に深く刻まれ続けることを理解しただけだった。