九条は25歳になり、地元に帰る決意をした。あの日のことが、彼の心の中で消えることはなかった。

被災地は、まだ傷跡を深く残しており、復興の兆しを見せながらもその回復は緩やかだった。しかし、町は確かに変わり始めていた。

ニュースで見たのは、家々の修復が進み、人々が戻りつつあるという報道だった。いまだに、何もかもが完全に元通りになったわけではなかったが、それでも確かな希望があった。

彼は誰とも連絡を取らなかった。あの日、町を離れた後、一度も戻ることなく、誰にも知らせることなく自分の道を歩んできた。

だが、心のどこかで、あの町を忘れることができなかった。

あの日、津波に飲み込まれた街の風景、瓦礫の中で見つけた篠宮の遺体、そして焼却した遺体――それらは今でも彼の心に重くのしかかっていた。

地元に戻るのは恐怖でもあった。町はもう戻らない。あの日の絶望感が蘇り、何もかもが壊れたことを思い出す。

しかし、九条はその恐怖に立ち向かうために帰る決意をした。あの時、自分が作り上げた彫刻がどんな意味を持っていたのか、何を表現したかったのか、それを確認するためにも。

バスを降り、目の前に広がる風景に、九条はしばし息を呑んだ。そこには、かつての町が見える。かつての景色、かつての家々、そしてかつて自分が過ごしていた場所。

今でも記憶の中には焼けた街並みが焼き付いているが、それでも、少しずつ元に戻りつつある町の姿を見ることができた。

だが、その中で人々の表情はどこかぎこちなく、過去を背負ったままでいるように見えた。町の人々は新しい生活を始めたように見えたが、その足元には深い傷跡が残っていることを感じずにはいられなかった。

九条は、その一員として戻ってきたわけではない。彼は外部者だった。過去の自分を、過去に葬ったすべてを、決して戻ることのない場所に埋めるために。