九条はその夜、深い決意を胸に抱いていた。月明かりだけが、瓦礫の中にかろうじて存在する街を照らしている。

町は、もはや誰も踏み込むことのない、静寂と荒廃に包まれていた。海は、その荒れた景色を映し出す鏡のように静かだった。

けれど、九条の心の中では、その海が何もかも飲み込んでくれるかのように感じられた。

彼は、篠宮の遺体を埋葬した場所を知っていた。その場所にひっそりと忍び寄るように歩き、掘り起こすための道具を手に取った。

あの時の思い出が甦り、何度も心の中で篠宮の声が響いてきた。

「なぜお前だけが生き残った?」

その問いに、答えることができなかった。九条はただ深く息を吸い込んで、彼の遺体を掘り起こした。

周囲に誰もいない夜の静けさが、逆に彼を追い詰めるように感じられたが、それでも彼は掘り進んだ。篠宮を失った自分への罪悪感、そして生き残ったことへの重圧。

それらを全て振り切るようにして。

やがて遺体が現れ、九条はその無防備な姿を見つめた。

遺体は、もはや冷たく、目を閉じたままだが、彼にとってはその姿が生きていた篠宮そのものだった。

九条の手が震える。自分が何をしても、彼に償いをすることはできないという気持ちが、ただ強く彼の胸を締めつけた。

篠宮を燃やすことを決めた理由はただひとつ。

自分の罪を、篠宮の遺体を火にかけることで、彼に対する自分の気持ちを昇華させられるのではないかという思いが、彼を駆り立てていた。

その火は、誰にも見つからないように、海辺にひっそりと灯された。

燃え上がる炎の中で、篠宮の遺体はゆっくりと灰になり、九条の心の中でも何かが燃え尽きていった。しかし、その灰が消えることはなかった。

海風が吹き抜ける中で、九条は立ち尽くし、火が消えるのを待った。

「ごめん」

そう呟いた彼の目には、深い悲しみと無力感が浮かんでいた。

誰もが恐れる海という、この場所で、彼は一人で過去を燃やし、沈黙の中に身をひそめるようにしていた。

海は何も言わず、ただその炎を見守るだけだった。

九条は、燃え尽きたドラム缶をひっそりと海に流した。波がその缶を静かに呑み込み、海の彼方へと消えていく。

その瞬間、九条は一歩踏み出し、後ろを振り返ることなく、その街を後にした。街はまだ、瓦礫と空虚の中で喘いでおり、回復の兆しも見えぬままだ。

遺体が無造作に埋葬された場所も、そのままだった。篠宮の遺体が消えたことに誰も気づくことはなかった。平常心を保つために、人間であるために、目を背けたからだ。