レコーダーの小さなランプが点滅し、録音が始まる。

「2025年2月15日、午後9時。九条朔夜氏のアトリエにて、今からインタビューを開始します。」

その手元のレコーダーをしっかりと握りしめ、目の前にいる九条に視線を向けた。彼の目の前に広がる冷徹な空気に、心の中で数度深呼吸をしながらも、白石は無理に平静を保とうとした。

九条はじっと白石を見つめていた。静かな空間が二人を取り巻き、沈黙が圧倒的な重みを持って漂っている。

白石の心拍数が少しずつ速くなっていくのを感じたが、今はそれに屈しないと決めていた。彼はその震えを感じ取られないように、何度も深く息を吐いて、次の言葉を続けた。

「九条朔夜さん、あなたの作品は、世間に大きな反響を呼びました。ですが、私はその背後にある深い部分—あなたの想い、そして秘密に触れたくて、今日ここに来ました。

九条さん、あなたがこの地下で何をしているのか、そしてなぜそんな作品を作り続けるのか、それを知りたいんです。」

静寂が続く。白石は少し息を呑み、次の言葉を選ぶ。

「でも、あの遺灰は…それは、何を意味するんですか?何が隠されているんですか?」

「遺灰は、ただの物じゃない。」

九条の声に微かな響きが加わる。

「それは、亡き人たちの一部だ。私がそれを使うことで、彼らを記録し、記憶に留めようとしている。」

白石の息が一瞬詰まる。彼はその言葉に引き寄せられ、さらに掘り下げた質問をする。

「あなたの作品にそれが使われることは、果たして本当に記憶を保つためのものなんですか?それとも…別の意味があるんじゃないですか?」

九条の声が冷たさを増す。

「あなたが求めているのは、私の内面を理解することではない。それは、私がどれだけ答えても、あなたにはわからない。」

白石は少し沈黙を置いて、次の質問を投げかける。

「でも、あなたが壊した美しい彫刻…それは、あなた自身が作り上げたものですよね。どうして壊してしまったんですか?」

「私は、美しさを追い求めることをやめた。」

九条の声に、冷徹な決意が感じられる。

「美しさを求めることが、どれほど虚しいことかを知ってしまったから。」

「虚しさ…」

白石はその言葉に思いを巡らせながら、慎重に話す。

「でも、どうしてその虚しさを他人に押し付けようとするんですか?あなたの作品は、誰かを傷つけている。

それに、あなた自身は体調に影響が見られない。あなたの作品に有毒性があることを知って、制作をしていたのではないですか?」

「傷つけることが必要なんだ。」

九条の声が鋭くなる。

「痛みを感じることで、人は覚醒する。私はそれを証明しているだけだ。」

録音されたその一言が、白石の心に鋭く突き刺さる。彼はそれをどう解釈すべきか悩みながらも、さらなる問いを続ける。

「あなたがそんなことをしてまで守りたかったものは、いったい何ですか?篠宮さん…彼との関係はどうだったんですか?」

その言葉を聞いた瞬間、九条はしばらく黙っていた。無音の間が続き、まるで答えを渋っているかのようだった。

「篠宮悠生は、私にとって…」

やがて、九条の声が響いたが、それは深い沈黙を破っただけの短い言葉だった。

「私の支え、そして私の…罪。」

その言葉に続いて、静かな吐息が録音に残る。白石はその言葉を重く受け止め、次の言葉を求めるが、九条は何も言わず、ただ目を伏せるようにしていた。

「今、あなたの話題でニュースは持ち切りです。なぜ、あんなことをしたんですか。まるで生き急いでいる、あんなことをしたら、あなたの作家人生が終わってしまいます」

その後、レコーダーにはしばらくの沈黙が続き、やがて九条の低い声がまた響き渡った。

「その通りです。私は全てを終わらせるんです。これまで続けてきたことも全て、台無しにしたいんです。もう……」