そして、やがて彼は地下へ続く階段の前にたどり着いた。何度も躊躇いそうになったが、すぐにその扉を開けた。

階段を降りるごとに、空気がどんどん冷たくなり、足元には湿った土の匂いが漂う。下へ下へと進むにつれて、次第に息を呑むような圧倒的な空気が感じられるようになった。

地下室にたどり着くと、目の前には思いもよらぬ光景が広がっていた。広大な空間の中に、無数の箱や缶が積まれている。

その箱の一つ一つには、記号や数字のようなものが書かれているが、白石はそれに注意を払う前に、すぐに目を奪われたものがあった。

箱の一角に、無数の小さな袋が並べられている。袋の中には、灰色がかった粉末が詰められているのが見える。白石の目は、その光景に釘付けになった。

冷や汗が背筋を走り、彼はその袋の一つを手に取ると、袋の中身が指先に触れた。暗がりの中でも、無数の粉がゆっくりと指の間からこぼれ落ちるのがわかる。

彼の心臓が速く脈打ち、恐怖がじわじわと胸に広がった。

「記者さんは、不法侵入をしていいのかな?」

白石はその声にピクリと反応し、振り返った。暗がりの中から、すぐに見覚えのある人物が現れた。九条朔夜が立っていた。

彼の目は冷徹で、白石をじっと見つめている。顔には表情はないが、その目には何かを決意したような、重いものが宿っていた。

「彼女たちが教えてくれたよ。忠告を無視するなんて常識のない人だと」

「ここは…」

白石は言葉を探しながらも、自然に立ちすくんでいた。彼の心臓は早鐘のように響き、足元がふらつきそうになる。

「あなたが調べていること、私にとっては全て知りすぎたことになる。」

九条は静かに、しかしその声は不気味に響いた。彼はゆっくりと歩を進め、白石に近づいてきた。

「こんな場所に足を踏み入れた時点で、もう戻れない。」

白石は足を踏み出すことができなかった。九条の存在が、まるで鉄のように重く感じる。冷徹な目でこちらを見据える彼の視線に、白石は言葉が詰まってしまう。

「どうしても、知りたかったのか。」

九条は低い声で呟いた。冷ややかな空気が漂い、白石の背筋が震える。

「でも、それがあなたにとって、幸せなことだとは思えない。」

白石は一瞬、立ちすくんだままだったが、意を決して言葉を続ける。

「僕が調べているのは、あなたの作品についてです。でも、なぜその中に…」

言葉が途切れる。あの袋に詰められていた灰色の粉末、その正体が何であるか、やっと白石は理解し始めていた。

それを聞く勇気が、彼の中で静かに恐怖へと変わっていく。

「それを知る必要はない。」

九条の目が鋭く、白石の胸を突き刺す。

「あなたが気にしていること、考えていること、全部、無駄なんだ。」

白石は冷たい汗をかき、足元がふらつくのを感じた。逃げるわけにはいかない。

「なぜ、遺灰を使って…」

白石は必死に声を絞り出した。

「被災で…亡くなった人々の…」

「あなたにはわからない。」

九条は静かに答えた。その声は、ただ冷たく、無感情だった。

「あなたが何を知ろうとしても、それは決して伝わらない。」

どこかで恐ろしい感情が彼を支配し始め、何かの決断を迫られていることを白石は感じ取った。

彼の目の前には、過去の秘密が広がり、九条が何かを隠し持っているその事実が、あまりにも恐ろしいものに思えてきた。

「あなたが本当に知りたいのは、私の作品の背後にある何かだろう。」

九条はその言葉で、白石の問いに答えるように語った。

白石はかろうじて声を絞り出した。

「でも、それでも僕は知りたい。」

九条は目を細めて笑った。笑顔には感情がない。ただ冷たい、計算された微笑みにしか見えなかった。

「それが、あなたの望みなのか?」

彼の声が低く響く。白石はその問いに答えることができなかった。心の中では、何度も答えを出そうとしていた。しかし、答えはすぐに消えていく。

九条の存在が、そのすべてを飲み込んでしまうような感覚だった。

「でも、私が許可しなければ、あなたは何も知ることはできない。私の作品に触れることさえ、許されない。あなたは、ただの観客に過ぎない。」

白石はその言葉に反応しなかった。彼の中で、調べ続けるか、引き下がるかという選択肢が狭まっていく。目の前の九条に立ち向かうことができるのか、それとも…

「さあ、インタビューをしようか。あなたは記者であって、強盗じゃないだろう」

白石は、その言葉に押しつぶされそうになりながらも、冷静さを保とうと必死に心を落ち着けた。

目の前の九条は、彼がこれまで感じてきたどんな恐怖よりもずっと不気味で、危険に満ちている。だが、同時にその冷徹さに引き寄せられもしていた。

「あなたが何をしているのか、何を隠しているのか、知りたいんです。」

白石は言った。彼の声は、震えることなく、確かな決意を持って響いていた。

「ただ、それだけです。」

九条は少し肩をすくめ、手を広げるような仕草を見せた。

「あなたがここで知ることが、あなたにとってどれほどの重荷になるのか、覚悟しておけ。」

九条の目が、一瞬、鋭く冷たく光った。

「私は、あなたが求める答えを与えるだろう。しかし、その後、あなたはもう二度と、人間に戻れない。」

その言葉が、白石の心に重くのしかかった。答えを求めることが、こんなにも危険なことであるとは予想していなかった。

しかし、今さら引き返すことはできない。自分がここまで来てしまった以上、答えを得るしかないのだ。

「それで、あなたは幸せなのですか?」

白石はついに聞いた。九条は、ゆっくりと頷きながら、冷静に言った。

「私はあなたの質問に答えよう。ただし、私はあなたに警告しておく。

私の作品を知ることは、すべてを理解することだ。だが、それがあなたにとって必ずしもいい結果をもたらすとは限らない。」

その言葉に、白石はしばらく黙った。心の中で、答えを求め続ける自分と、引き返すべきだというもう一つの声が激しくぶつかり合っていた。

しかし、今はもう後戻りできない。それが恐ろしいことであっても、彼は前に進む決意を固めていた。

「私は、答えを聞きます。」

白石は静かに言った。

九条は、その言葉に対して何も言わず、ゆっくりと歩を進めて白石に近づいてきた。その動きの一つ一つが、まるで何かを計算しているかのように感じられた。

「では、始めよう。」

九条は短く言い、静かに椅子を引いた。

白石は、その言葉に従って、慎重に椅子に座った。空気は張り詰め、地下室の冷気が二人を包み込んでいた。

ここからどんな答えが出るのか、白石はただ静かに耳を傾けるしかなかった。