九条は、黙々と新しい彫刻に取り組んでいた。静かなアトリエの中、彼の手元で細やかな作業が続く。
目の前には美しい女性の像が姿を現し始めていた。曲線が柔らかく、輪郭は優雅で、彫り進められた表情には静かな気品が宿っていた。
まるでその像が、呼吸をし、命を吹き込まれたかのように感じられる瞬間だった。
だが、その美しさに圧倒されるたびに、九条の胸には何か重いものが湧き上がってきた。
それは憎しみであり、悔しさであり、自分自身への激しい自責だった。
手が震え、顔を歪めながらも、彼は彫刻刀をさらに深く像に突き立てた。
「これじゃダメだ。」
九条は低く呟き、その目は怒りに満ちていた。
彼の目の前にある「美しい」と賞賛されるものが、どうしても許せなかった。
「こんなもの、完成させるわけにはいかない。」
九条は怒りに身を任せ、彫刻刀を強く握りしめ、女性像の肩に鋭く一撃を加えた。石が粉々に砕け、女性の姿は無惨に崩れ落ちた。
見る間に、繊細な顔の輪郭は消え去り、細部は壊れ、形が失われていく。九条の目はそれを見つめ、彼の中の破壊衝動が満たされていくのを感じていた。
だが、その瞬間、彼は恐ろしいほどに空虚感を覚えていた。壊してしまった彫刻の残骸を見つめるその目に、冷徹なものが浮かんでいた。
どれほど自分を苦しめても、手に入れたいものが手に入らないその事実に、彼は身をひねらせるように痛みを感じていた。
「新しいものを作ろう。」
そう呟き、九条は一度壊した彫刻を無視して、新たな石を取り出した。しかし、手を動かし始めても、その手が震えていることに気づく。
目の前の石に何度も彫刻刀を押し当てるが、形を作り出すことができない。作れば作るほど、目の前のものが醜く歪んでいくように感じた。
形が不自然で、バランスが崩れ、まるで自分自身の内面の醜さがそのまま形となって現れたかのようだった。
「こんな…こんなものじゃない。」
九条は息を荒げ、手を止めた。彫刻刀を握りしめ、目の前の歪んだ石を睨んだ。しかし、その目には怒りと共に、深い絶望の色が浮かんでいた。
「亡き友」よりも輝いている作品への嫉妬、他者の目を引きつけるその美しさが、今もなお彼の心に刺さり続けていた。
そして、さらに苛立ったのは、そのようにして作り出した彫刻を、自分の手元に眠らせて、誰の目にも触れさせない自分自身であった。
「でも、見せられない。」
九条は冷たく呟き、力なく手を下ろすと、再びその彫刻を見つめた。自分の中でまだ癒えていない傷が、見せたくないという欲望を強くさせていた。
自分の友を表現した作品を評価させたくない。本物の篠宮悠生を知らない人間が「亡き友」を賞賛することを許せない。
その胸の中に、憎しみと共に湧き上がる感情があった。それは、決して美しいとは言えない、けれども圧倒的に強い感情だった。
九条はアトリエの隅に立ち、無造作に手を動かして石を削った。音は静かな室内に響き、ひび割れたかのように冷たく、鋭かった。
彫刻刀が石を削る音が、まるで自分の心の中で交錯する感情そのもののように感じられた。彼はもう目の前の石に向かうことができなかった。
手は止まり、ただ無意味に彫刻刀を握りしめているだけだった。
「亡き友」——あの作品が彼の全てだった。篠宮悠生を失った後、初めて生み出したその彫刻は、九条にとって過去の死を超えて生きるための唯一の手段だった。
友情の証であり、鎮魂歌であり、愛であり、悔しさであり、すべてがその一つの像に込められていた。
あれ以上のものを作り上げなければ、悠生の思いを無駄にしてしまうかもしれないと感じていた。
『亡き友』のおかげで、他の人の想いを形にするきっかけができたのだから。
だが、一方で、彼の心には強い葛藤があった。『亡き友』を超えたくないという気持ちがあるのだ。
あれ以上の作品を作ることができるのだろうか?もし、それを超えてしまったら、悠生の存在が薄れてしまうのではないかという恐怖。
亡き友を超えることが、悠生の死を踏みにじることのように思えてならなかった。
「こんなものを作ってどうする?」
九条は自嘲気味に自分に問いかけ、再び彫刻刀を握りしめる。
石に触れると、その硬さが伝わってきた。
だが、その硬さに対する怒りと恐怖の入り混じった感情が、彼をただ無駄に疲れさせるだけだった。
彼の目の前にあったのは、ただの石の塊でしかない。しかし、その塊に込められるべきもの、彼の心の中のすべてが今もまだ形にならずに渦巻いていた。
悠生を失った後、あの彫刻で再び作り出された「美」——それは死者への敬意を込めた美しさだった。
そして、その美しさを超えてしまうことができれば、彼は本当に前に進めるのだろうか?それとも、進んではならないのだろうか?
彼はまたひとつ、手を止める。彫刻刀を石から引き抜き、その先端をじっと見つめた。
思いの全てが胸を締めつける。彫刻を作ることで、友の思いを伝え、さらには自分自身をも癒すことができると信じていた。
しかし、もしその思いが無駄になったらどうしよう?もし次に美しい作品を作らなければ、亡き人々の思いが伝えられない。
みんなの想いは報われない。でも、「亡き友」こそ、全ての人々に賞賛されて愛されてほしい、自分ではなく、悠生のために。
両極端の二つの思いがせめぎ合っていた。
「超えなければならない…」
九条はそう呟いた。
だが、その言葉に続く自分の心の中の声が、かすかに響く。超えた先に待っているものは、もしかしたらもっと深い痛みなのかもしれないと。
事実、「亡き友」を超えた作品は「永遠の鎮魂」のみであった。
被災地の全ての人々の想いを代弁した作品だ。自分だけでなく、数多の人々の想いが込められている。
だからといって……「亡き友」を容易に超える評価の数々は、とても残酷に見えた。
「それでも、やらなければならない。」
九条は力を込めて言った。
そして、再び彫刻刀を握り、石に向かって手を動かし始める。
だが、どんなに力を込めても、どんなに自分を励まそうとしても、そこに現れるのは無惨なまでに歪んだ像だけだった。
美しさを求める気持ちと、亡き友を超えたくないという気持ちが、まるで二つの異なる世界のように彼の中で激しくぶつかり合っていた。
その結果として現れるのは、恐ろしいほどに醜い彫刻であった。それでも、彼は諦めなかった。超えなければならないという強迫観念が、彼を支配していた。
目の前には美しい女性の像が姿を現し始めていた。曲線が柔らかく、輪郭は優雅で、彫り進められた表情には静かな気品が宿っていた。
まるでその像が、呼吸をし、命を吹き込まれたかのように感じられる瞬間だった。
だが、その美しさに圧倒されるたびに、九条の胸には何か重いものが湧き上がってきた。
それは憎しみであり、悔しさであり、自分自身への激しい自責だった。
手が震え、顔を歪めながらも、彼は彫刻刀をさらに深く像に突き立てた。
「これじゃダメだ。」
九条は低く呟き、その目は怒りに満ちていた。
彼の目の前にある「美しい」と賞賛されるものが、どうしても許せなかった。
「こんなもの、完成させるわけにはいかない。」
九条は怒りに身を任せ、彫刻刀を強く握りしめ、女性像の肩に鋭く一撃を加えた。石が粉々に砕け、女性の姿は無惨に崩れ落ちた。
見る間に、繊細な顔の輪郭は消え去り、細部は壊れ、形が失われていく。九条の目はそれを見つめ、彼の中の破壊衝動が満たされていくのを感じていた。
だが、その瞬間、彼は恐ろしいほどに空虚感を覚えていた。壊してしまった彫刻の残骸を見つめるその目に、冷徹なものが浮かんでいた。
どれほど自分を苦しめても、手に入れたいものが手に入らないその事実に、彼は身をひねらせるように痛みを感じていた。
「新しいものを作ろう。」
そう呟き、九条は一度壊した彫刻を無視して、新たな石を取り出した。しかし、手を動かし始めても、その手が震えていることに気づく。
目の前の石に何度も彫刻刀を押し当てるが、形を作り出すことができない。作れば作るほど、目の前のものが醜く歪んでいくように感じた。
形が不自然で、バランスが崩れ、まるで自分自身の内面の醜さがそのまま形となって現れたかのようだった。
「こんな…こんなものじゃない。」
九条は息を荒げ、手を止めた。彫刻刀を握りしめ、目の前の歪んだ石を睨んだ。しかし、その目には怒りと共に、深い絶望の色が浮かんでいた。
「亡き友」よりも輝いている作品への嫉妬、他者の目を引きつけるその美しさが、今もなお彼の心に刺さり続けていた。
そして、さらに苛立ったのは、そのようにして作り出した彫刻を、自分の手元に眠らせて、誰の目にも触れさせない自分自身であった。
「でも、見せられない。」
九条は冷たく呟き、力なく手を下ろすと、再びその彫刻を見つめた。自分の中でまだ癒えていない傷が、見せたくないという欲望を強くさせていた。
自分の友を表現した作品を評価させたくない。本物の篠宮悠生を知らない人間が「亡き友」を賞賛することを許せない。
その胸の中に、憎しみと共に湧き上がる感情があった。それは、決して美しいとは言えない、けれども圧倒的に強い感情だった。
九条はアトリエの隅に立ち、無造作に手を動かして石を削った。音は静かな室内に響き、ひび割れたかのように冷たく、鋭かった。
彫刻刀が石を削る音が、まるで自分の心の中で交錯する感情そのもののように感じられた。彼はもう目の前の石に向かうことができなかった。
手は止まり、ただ無意味に彫刻刀を握りしめているだけだった。
「亡き友」——あの作品が彼の全てだった。篠宮悠生を失った後、初めて生み出したその彫刻は、九条にとって過去の死を超えて生きるための唯一の手段だった。
友情の証であり、鎮魂歌であり、愛であり、悔しさであり、すべてがその一つの像に込められていた。
あれ以上のものを作り上げなければ、悠生の思いを無駄にしてしまうかもしれないと感じていた。
『亡き友』のおかげで、他の人の想いを形にするきっかけができたのだから。
だが、一方で、彼の心には強い葛藤があった。『亡き友』を超えたくないという気持ちがあるのだ。
あれ以上の作品を作ることができるのだろうか?もし、それを超えてしまったら、悠生の存在が薄れてしまうのではないかという恐怖。
亡き友を超えることが、悠生の死を踏みにじることのように思えてならなかった。
「こんなものを作ってどうする?」
九条は自嘲気味に自分に問いかけ、再び彫刻刀を握りしめる。
石に触れると、その硬さが伝わってきた。
だが、その硬さに対する怒りと恐怖の入り混じった感情が、彼をただ無駄に疲れさせるだけだった。
彼の目の前にあったのは、ただの石の塊でしかない。しかし、その塊に込められるべきもの、彼の心の中のすべてが今もまだ形にならずに渦巻いていた。
悠生を失った後、あの彫刻で再び作り出された「美」——それは死者への敬意を込めた美しさだった。
そして、その美しさを超えてしまうことができれば、彼は本当に前に進めるのだろうか?それとも、進んではならないのだろうか?
彼はまたひとつ、手を止める。彫刻刀を石から引き抜き、その先端をじっと見つめた。
思いの全てが胸を締めつける。彫刻を作ることで、友の思いを伝え、さらには自分自身をも癒すことができると信じていた。
しかし、もしその思いが無駄になったらどうしよう?もし次に美しい作品を作らなければ、亡き人々の思いが伝えられない。
みんなの想いは報われない。でも、「亡き友」こそ、全ての人々に賞賛されて愛されてほしい、自分ではなく、悠生のために。
両極端の二つの思いがせめぎ合っていた。
「超えなければならない…」
九条はそう呟いた。
だが、その言葉に続く自分の心の中の声が、かすかに響く。超えた先に待っているものは、もしかしたらもっと深い痛みなのかもしれないと。
事実、「亡き友」を超えた作品は「永遠の鎮魂」のみであった。
被災地の全ての人々の想いを代弁した作品だ。自分だけでなく、数多の人々の想いが込められている。
だからといって……「亡き友」を容易に超える評価の数々は、とても残酷に見えた。
「それでも、やらなければならない。」
九条は力を込めて言った。
そして、再び彫刻刀を握り、石に向かって手を動かし始める。
だが、どんなに力を込めても、どんなに自分を励まそうとしても、そこに現れるのは無惨なまでに歪んだ像だけだった。
美しさを求める気持ちと、亡き友を超えたくないという気持ちが、まるで二つの異なる世界のように彼の中で激しくぶつかり合っていた。
その結果として現れるのは、恐ろしいほどに醜い彫刻であった。それでも、彼は諦めなかった。超えなければならないという強迫観念が、彼を支配していた。