インタビュー記録:■■町住民・大谷裕司(仮名)、48歳
記録日:2019年10月5日
記録者:不詳
「それが『にえのあしおと』だって分かったのは、後になってからです。
最初は…何だろうな、普通の音だと思ったんですよ。家の外で、ぽつ、ぽつ、って、雨かなって思ってたんです。だけど、その音、変なんです。
ぽつ、って音がするたびに、なんか…地面が沈む感じがしてね。わかります?まるでその場だけ土が息をしているみたいな。いや、違う、息を飲んでるんです、そこだけ。
そのうち、雨音にしては妙に重い音が混じり始めたんです。ぽつ、ずちゅり、ぐぶ…って。足音に似てるんだけど、人間の歩き方じゃない。
間隔が不規則で、重い音と軽い音が入り混じる。気になって外を覗いたら、何も見えない。ただ、夜の闇が妙に赤黒いというか、濁ってるような感じで…とにかく、普通じゃないんですよ。
それでも最初は怖くなかったんです。ただ音だけだから。でもね、次第に音が家の中に入ってきたんです。
最初は玄関でぽつんと鳴って、それが廊下を通って、どんどん近づいてくる。もうこの時点でおかしいって気づきました。だって、家の中なのに雨の音がするなんてありえないでしょう?
音は寝室のドアの前で止まったんです。心臓がバクバクしてね、でも体が動かないんですよ。ただ、音がそこにいるのが分かる。
ドアの向こうから、ふすう…って息を吸うような音がして…そしてまた、ぽつ、ぽつ、って、遠ざかっていった。
安心したのも束の間で、次の日の朝、庭に妙な跡が残ってたんです。
何か重いものを引きずったような筋が地面に残ってて、それが家の周りをぐるぐると何周もしてた。赤いシミも少しあってね…血かどうかなんて確認する勇気もなかったです。
『にえのあしおと』っていう名前を知ったのは、町の噂を耳にしてからでした。
年寄りたちが言うには、あれを聞いたら一週間以内に必ず何かが起きるって。身の回りで不可解なことが続くって言うんです。
私の場合は、家の中のものが少しずつ無くなっていったんです。最初はスプーンとか、小さなものから。でもそのうち、写真立てとか、家具まで消えていくような気がして。
ただの足音じゃないんですよ。『にえのあしおと』を聞いたら、音だけじゃなく、自分そのものが溶かされるような気分になる。
何かに見られてる気がして、でもその正体は分からない。町の誰も、本当のところは分かってないんです。
ただ、ひとつ言えるのは…あの音を聞いたら、もう前と同じ生活には戻れないってことですね。」