「取材を申し込もう。」

数時間前に見たテレビでの九条の姿が、白石を動かした。

急いで電話を取り、意を決して番号をダイヤルする。

数秒後、通話音が響き、心臓の鼓動が少し早くなる。その先で冷たく、どこか無表情な声が響いた。

「はい、九条のマネージャーをしております。佐藤と申します」

白石は自分を抑えて、声をひときわ低く落ち着けて言った。

「こんにちは、ジャーナリストの白石湊斗と申します。突然のお願いで恐縮ですが、九条様の作品について取材をさせていただけないでしょうか。」

一瞬の沈黙があった。九条の声は、まるで温度を持たないように、無感情に返ってきた。

「作品について…？」

その一言には何の感情も込められていなかったが、白石はすぐに感じ取る。

「答え」を引き出すためには、相手にとって不快でない形でアプローチしなければならない。それは、他の取材者とは異なるものになるはずだ。

「はい、九条様の作品の背後にあるテーマ、そしてあなたがどのようにそれを創造しているのかについて、もう少し深く理解したいと思っております。」

しばらくの間、無音が続いた。白石は今、自分の声がどれほど冷静に響いているのかに気を取られ、少し汗が流れるのを感じた。

やがて、佐藤の声が静かに響く。

「それでは、九条に確認をいたします。お断りの場合、電話はしませんので。それでは」

ぶつり、冷たい音が耳を打った。

電話を切った瞬間、白石の胸はわずかに高鳴り、静けさが一層深く感じられた。

佐藤の言葉が、白石の心に重く響いていた。

「なかったことにはできない。」

白石は小さく呟き、足元を見つめた。どこか不安が胸を締め付けるが、それでも彼は諦めなかった。


2025年2月4日。

2日後の夕方、白石の携帯に再び佐藤からの電話がかかってきた。ディスプレイに表示された名前を確認し、深呼吸をひとつ。思い切って受話器を取る。

「白石さん、九条が取材を受けることに決めました。3日後に彼とお会いできます。詳しい時間や場所は、後ほどメッセージでお伝えします。」

その言葉に、白石の心臓が大きく跳ね上がった。ようやく、彼が求めていた一歩が踏み出される。

「分かりました。」白石は静かに答え、心の中でその日が訪れるのを待った。