インタビュー記録:■■町住民・神野美帆(仮名)、35歳

記録日:1950年10月7日

記録者:不詳

「最初に音を聞いたのは、真夜中でした。アトリエで作業してたんです。

絵を描くのに夢中で、時間も忘れてました。

ふと手が止まって、無音になった瞬間、その音が聞こえてきたんです。ぽつ、ぽつ、ずちゅり、ぐぶ…何かが湿った地面を踏みつけているような音でした。

外は雨じゃなかったし、妙に重たい音で…まるで生き物がゆっくり歩いているみたいで、不安になりました。

音が段々近づいてくるのが分かったんです。

窓の外から聞こえるかと思ったら、いつの間にか壁の向こう側、そして部屋の中にまで響いてくるような感覚になって。

耳元で鳴っているのか、それとも頭の中で響いているのか、分からなくなりました。心臓が嫌な形で鼓動する。

だけど、どうしても筆を置けなかったんです。音が耳にこびりついている間中、絵を描き続けないといけないような気がして。

でも、それじゃ済まなかった。音がいったん消えた瞬間、胸の奥に奇妙な渇きが芽生えたんです。

何かが足りない。いや、何かを満たさないといけない。何かを混ぜなければ、この絵は完成しない…そんな感覚が押し寄せてきました。

絵の具の匂いに、■■が足りないと感じる自分がいたんです。

手が震えましたよ。だって、こんなこと思う自分が怖かった。でも、どうしようもなかったんです。

この手に、誰かの欠片を握りしめて、それを絵に混ぜ込むところを想像すると、不思議な満足感に襲われる。自分で自分が制御できなくなるなんて思いもしませんでした。

次の日には、■■をどうやったら手に入れられるのか考えていました。どこで手に入るんだろう?誰に頼めばいい?

私は、頭の中でそんな計算ばかりしていて、気が付けば手元の絵が完成してたんです。

でも、その絵を見たら、涙が止まらなかった。なんていうか、その絵が…もうこの世のものじゃないみたいで。

完成したのに、何かが欠けてるって分かるんです。

『にえのあしおと』を聞いた時から、私は何かを求め続けている。

それが絵に、私の魂に必要だってことは分かるんです。

でも…■■なんて、そんなの、普通は求めちゃいけないでしょう?それでも…私、求めてしまうんです。」

備考:インタビュー後、神野美帆はアトリエで奇妙な油絵を制作し続けているが、その多くに赤い模様と「■■のような粒子」が見られるとのこと。数カ月後、絵の購入者の間で幻覚や耳鳴りの訴えが増えていると報告されている。