「時間はそんなにない。まずは、この中で一番怪しいと思う者を、一人ずつ答えていってくれ。一番票が集まった者に対し聞き取りを行い、疑いが深まれば真犯人として指名する」
大賀がそう言うと、その隣に座る森から、反時計回りに順番で指名していく形をとった。
結果は、小埜寺、小埜寺、小埜寺、胡桃沢、大賀、小埜寺、大賀、小埜寺、小埜寺。小埜寺が六票、大賀が二票、胡桃沢が一票となった。
この結果を聞き、小埜寺は黙っていられるはずがなかった。助けが来ないとわかった瞬間から冷静さを保てなくなっていた彼だったが、自分に票が集まってしまったことにより、さらに混乱しているのだろう。
「おいっ、なんで僕なんだっ! おかしいだろっ!」
小埜寺は声を荒げて叫び、周囲を見渡しながら、自分に票を入れた者たちに怒りをぶつける。このように感情をむき出しにする小埜寺を見たのは初めてで、皆一様に引き攣った表情になった。
「納得いかないっ……ちゃんと理由を説明しろっ!」
小埜寺に票を入れた、森、瀧上、庄司、辻崎、胡桃沢、大賀が顔を見合わす。しばらく静かな時間が流れたのち、庄司がそっと口を開いた。
「小埜寺さんは、頑なにこのゲームを続行するのを拒んでいました。最初は、刑事局長のこともあるから、警察が助けに来ると信じて疑っていないだけだと思いました。でも、よく考えてみたら、ゲームを放棄して、自分だけ助かろうとしているのではないかと……真犯人は制限時間内に見つからなければ、ここから解放されます」
「何だよそのこじつけ……それだったら、百合江さんだって僕と同じでしょう!? このゲームを拒んでいたじゃないかっ」
突然名前を出され、百合江は肩を震わせた。そこに、瀧上が横から入る。
「百合江さんは違うっ! 八巻さんが殺されそうになったとき、身代わりになろうとした。もし百合江さんが真犯人なら、自分の命を犠牲にしてまで、他人を守ろうとするはずがありません」
それに、と瀧上が言葉を続ける。
「小埜寺さんがもし真犯人だとしたら、いろいろと辻褄が合うんです。大丸が冤罪で逮捕されたのも、刑事局長の手回しだと考えれば納得いく」
「ふざけるなっ……じゃあ動機は? 僕は被害者女性の三人とは面識すらないんだぞっ!」
「いや、それは嘘だな」
大賀が、じろりと小埜寺を見据えた。
「第一被害者の浦凛々花――彼女と、大学時代に交際していただろう?」
「な、何でそのこと……っ!」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情の小埜寺に、大賀は言葉を続ける。
「第一被害者の敷鑑捜査で、大学時代の親友だったという女性から話を聞いた。それを上に報告したところ、揉み消され、口外しないようにと指示をされていたが……いまはこの状況だ」
小埜寺はうなじを垂らし、唇を噛み締めた。
「小埜寺と彼女の間に、何があったかは知らない。他の被害者二人とは面識がなかったにしろ、なぜ浦凛々花との関係を隠した? 何かやましいことがあるとしか思えない」
「彼女とはもう別れてます。関係ないでしょう……」
「別れ方はどうだった? 喧嘩別れか?」
「それ、答えなくちゃいけないんですかっ」
「無実を証明したいのなら、俺の質問に答えろ」
張り詰めた空気が、輪の中を支配する。
ゲームマスターは、そんなことは意に介さず、手元の拳銃を眺めながら、輪の外を歩いたままだ。
「……ただのすれ違いです。彼女は僕より歳がひとつ上で、就職してからは会う時間も少なくなって、それで――」
小埜寺の言葉を、大賀が大きなため息で遮った。
そして、またもや鋭い目を彼に向ける。
「また嘘をついたな、小埜寺」
「……えっ?」
「その親友から聞いた話だと、お前からの暴力に耐えきれず、彼女の方から別れを切り出したそうじゃないか」
「暴力? 最っ低ね」
辻崎は、隣に座る小埜寺に、冷たい視線を向けながら言った。胡桃沢と百合江も、顔を曇らせ、少しでも距離をとるように身を引く。
「そっ……それと今回の事件は関係ないでしょう!? それに、証拠はあるんですか証拠っ! あるなら出してくださいよっ、ねえっ!?」
歯茎をむき出しにしながら必死に反論する小埜寺の言葉に、誰も耳を貸そうとはしない。早く審判を下してくれ、と言わんばかりの視線を、大賀に向けるだけだ。
「悪いな……小埜寺、」
大賀の腕が、真っ直ぐ伸ばされる。伸ばされた指は、小埜寺を捉えた。
「真犯人は、あなたです」
その掛け声とともに、ゲームマスターの動きが止まる。ちょうど小埜寺の後ろを通り過ぎたところだった。ゲームマスターは引き返すと、小埜寺の椅子の背もたれに手を置いた。
「やっ、やめてくれっ! おぉっ、おいっ! 離せって!!」
足掻く小埜寺が、八巻と同様、暗闇の中へと引きずりこまれていく。
どうかこのまま、銃声が鳴らずにゲームが終わりますように。
そんな願いも虚しく、次の瞬間には乾いた銃声が室内に鳴り響いた。先ほどまで騒がしかった小埜寺の声も、途端に止んだ。
小埜寺は、真犯人ではなかった。
残響が重く感じる。無実の人間を殺してしまった責任感が、八人の肩にのしかかった。
「残念、またハズレだ。真犯人は小埜寺秀介ではない。よって、射殺した」
暗闇からふたたび現れたゲームマスターの冷たい声が、残された者たちの耳を刺す。
直接指名をした大賀は誰よりも責任を感じているようで、クソッ、と拳を握りしめた。そんな大賀を、辻崎が胡散臭そうな目で見つめた。
「大賀さん、小埜寺さんの情報は確かだったんですか?」
「……何が言いたい」
「……いえ。別に」
辻崎がそっぽを向くと、その場にはふたたび心地悪い沈黙が訪れる。
百合江はそんな中、一席分空いた右側の空間をじっと見つめていた。
残り時間、十三分――。